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#422 / 2005.08.27

響かない言葉

今、心に深く刻み込まれる言葉は、どれくらいあるのでしょう。

例えばクルマのキャッチコピー。
クルマのキャッチコピーを見ていると、雰囲気だけの言葉が実に多いことでしょうか。

ためしに某車種のカタログを読んでみます。
目に入るのは「世界が認めた」なんて抽象的な言葉や、とってつけたようなカタカナ言葉。

では高級車はどうなのかと思い、先行で手に入れたレクサスのカタログを読んでみました。
開いた瞬間に「微笑むプレミアム。」と書かれてあります。
なんだか意味が分かりません。

所詮カタログだからと言ってしまえばそれまでですが、 そういった雰囲気だけの言葉には魂がありません。
そして、そんな魂のない言葉ばかりがあふれているように感じます。

魂のない言葉で、踊り踊らされないこと。

これには、2つの意味があります。

  • 魂のない言葉に惑わされるな。
  • 魂のない言葉を吐きだすな。

どちらも、なんてことはありません。
けれど、うっかり魂のない言葉を吐き出してしまうことは往々にしてあります。

例えば「頑張れ」という言葉。

誰もが安易に「頑張れ、頑張れ」と言うものだから、「頑張れ」という言葉自体が価値を失いました。
口先だけ「頑張れ」といってみたところで、そらぞらしく聞こえるだけでしかありません。

その安易すぎる「頑張れ」が、どれだけ聞き手をさらに追い込んでいるかを、少しは知ったほうがいいでしょう。
あなたを酔わせたいがために、「頑張れ」という言葉があるのではないのです。

そもそも本当に応援したいのなら、いちいち「頑張れ」なんて言わなくてもいいのです。
明らかに、偽善者ぶったパフォーマンスでしかありません。
かと思えば、そんな魂のない言葉で感動しちゃう人達がいるものだから、これまたどうしようもありません。

何にもないくせに雰囲気で取りつくろってしまうことに、みんな慣らされすぎではありませんか?

耳ざわりのよい表現方法でうまくだまされている事に、もういい加減、気がつきませんか?
自分の目で、自分の耳で、そして自分の足で、ものごとの本質に迫りませんか?
そして響かない言葉が、いかに表面的なものかを知りなおす必要があるのではないですか?

雰囲気だけの駄文は要りません。
カッコだけの言葉も要りません。

「今」に終始した言葉は、もう要らないのです。

遺すのなら、響く言葉で遺しませんか?
「これから」のために。

1つひとつの言葉に、魂をこめよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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