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#421 / 2005.08.21

アシモト

足は、あなたの縮図です。

クルマでよく「足回り」という言葉が使われますが、 これはサスペンションやブレーキ、あるいはタイアなど、クルマを思い通りに走らせるためのパーツ部分を指します。

そして足回りをみれば、そのクルマで想定されている使用用途がだいたいわかります。
公道向けや競技用、もしくはオフロード用。
さらに細分化すればもっと細かくなりますが、新車販売時ではそのクルマに見合った足回りになっています。

ところがこの足回り。
年を経るごとに劣化していきます。
原因はタイア磨耗や金属疲労などによるものですが、 長いこと乗り続けていると、劣化しているにもかかわらずそれに無頓着になりがちです。

とくに雪国地方で見られがちなのは、スタッドレスのまま夏や秋も乗り続け、履きつぶすパターンです。

タイア交換の煩わしさを考えれば気持ちはわかるのですが、これはあまりよくありません。
スタッドレスタイアにさわってみると分かるのですが、通常のタイアと比べ非常にゴムが柔らかいのです。
そのためスタッドレスタイアには、乾燥路で次の3つの傾向があります。

  • 制動距離が伸びる
  • 曲がるとき、外にふくらみやすい
  • 燃費が落ちる

あくまでも雪道用に設計されたタイアですから、乾燥路では通常のタイアより劣るのです。
つまり、夏や秋にスタッドレスを履くことは、むしろ危険でありマイナスなのです。

ですから、本来はTPOに見合った足回りにしておくことが望ましいのです。

足元は、人生をあらわします。

なにもクルマにかぎった話だけではありません。
足回りに無頓着なのは、自分にもマイナスをもたらします。

例えば、会社や組織に勤めている人に多いのですが、革靴を脱いでサンダルに履き替える人がいます。
私には、これが不思議でなりません。

臭い足を出すなというのも一因ですが、それ以上に、家にいるときと同じ感覚でいられることに違和感があるのです。

私の経験上、サンダルを履く人はなぜかみな保守的で自分さえ良ければそれでよしという考えを持っていました。
もちろん偏見だとわかっているのですが、あまりにその傾向があるように思えるのです。

組織では自分ひとりだけのことを考えていてはやっていけません。
自分という人間が、あらゆる立場の人に対して何が提供できるかを考えて実行しないと成り立たないのです。
そのために、家と同じ私的感覚でいてもらっても困るのです。

あの人は自分のことしか考えていないよ、なんていわれてしまっては自分にとってもマイナスです。

たまたま仕事場での話をしましたが、プライベートでも同じことです。

サイズの合わなくなってしまった靴を無理に履き続けて、足をいためていませんか?
靴下がかすれてたり伸びきってしまっていても、「イケる」なんて言って履いていませんか?
デートに誘った彼女が化粧も服もばっちりきめてきたのに、靴が汚れてて幻滅したなんてことはありませんか?

くりかえしますが、足は、あなたの縮図です。
あなたのすべてがあらわれる、と言ってもいいです。

見えないからいいだろうではなく、見えないと思っているところこそ見られているのです。
そしてあなたの見えない部分が、あなた自身に影響を及ぼしているのです。

見えないところにこそ、気をつかいましょう。

見えにくい場所から極めよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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