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#407 / 2005.05.14

評論屋

いきなり言ってしまえば、評論家なんて要りません。

事件が起こるたびにしゃしゃり出てくる評論家。
教えてくれるのはありがたいですが、主観だけで終わっている人が、なんて多いのでしょうか。

こちらは、評論家の舌足らずな感想なんて聞いていませんし、 押し付けがましい論評だったら聞かないほうがマシです。

話を聞いていると、「あなた、絶対分かっていないでしょ?」と問い詰めたくなることがあります。

一時、例のリコール隠しで三菱自工が叩かれました。
かたやトヨタ自動車は、2年連続で1兆円を超える最終利益11,712億円(平成17年3月期連結決算)を達成し、 経済界を沸かせました。

そこでどう考えるかです。

これを聞いたほとんどの人は、トヨタはすごい、三菱は良くない、と単純に結論付けてしまったのではないでしょうか。
思考停止でマスコミの記事を受け入れるだけなら、「マンセー」なんてやっているどこかの独裁国と一緒ではないですか。

三菱は顧客よりグループ重視の傾向があったし、 トヨタは大量生産方式をやめ、原材料費、賃金、またこれらの維持費を抑えたことが高収益の一因です。
そういったことぐらいは考えたうえで結論付けているのか、はなはだ疑問です。

参考意見は、しょせん参考意見にすぎません。

自分のために意見してくれる言葉というのは、ありがたいものです。
でも、意見しているつもりにひたるためだけの言葉というのもあるのです。

例えば「しっかりやれ」という言葉。

他にも類語はたくさんあります。
「きっちりやれ」だの「とにかく頑張れ」など。

これらに共通するのは、現状だけ見て「そこをなんとかしろ」といった抽象的な言葉しか発せられない人がつかうということです。
つまり、このセリフが出るようになったら、具体策のビジョンなんてないことを自分で暴露しているようなものです。

ところが、こういったビジョンのない人がいろんな権利を手にしているから、手に負えないのです。
とくに役職者や年長者にこういう傾向があって、年上の私の意見が聞けないのかなんてすごみ始めたりするからたちが悪いのです。

意見をいうのは構いませんが、 深い意味もなく口ばかり出すのは、邪魔でしかありません。

話し手が口だけの人間だとばれてしまえば、聞き手は話半分にしか聞かないものです。
中途半端な甘言は、底の浅さを露呈させるだけでしかありません。

言うことは簡単なのです。
でも、実際にやることは難しいし、発した言葉はもう取りかえしがつきません。
気安く放言を発していないか、ふり返ってみてください。

もっと、深く生きてみませんか?

具体的な言葉を発しよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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