トップ > コラム > コラム No.390
 
トップ > コラム > コラム No.390

#390 / 2005.01.28

チョー見た目主義

印象は、視覚情報で決まります。

街で声をかけられたときに作業着姿の人よりスーツ姿の人を信用してしまいがちなように、 頭ではわかっていても、容姿からその対象物の印象を感じ取ってしまうものです。

もちろん他人を見た目だけでは判断できませんが、だいたいはあたるものです。
ならば思いきって、街ですれ違うクルマ達を見た目だけで見抜いてみましょう。

アメリカ西海岸からそのまま来たようなド派手なスポーティカー。
インパネにムートン、ステアに真っ白なステアカバーの軽ワゴン。
交通安全のお守りを貼り、レース柄のシートカバーをつけた高級セダン。

これだけで、なんとなくドライバー像がイメージできませんか?

さらに、ドライビングスタイルを見ただけで、性別や年齢もわかってしまいます。

無駄に加速したり、走りに自己顕示欲が強いのは、たいてい男性。
前しか見ないで走っているのは、たいてい女性。
あおったりパッシングしたりと、やたら攻撃的なのは、たいていオッサン。
自分本位にチャリンコ感覚で運転するのは、たいていオバハン。

それを偏見と言う人もいるでしょう。
もちろん、多分に偏見は含んでいます。
しかし、偏見で片付けようとする人は偽善者です。

まず言いたいことは、もともと人間なんて偏見の塊みたいなものだ、ということです。

偏見の塊だからこそ、第一印象とか色眼鏡なんて言葉があるわけで、そのおかげで人類が生き延びてきたわけです。
極端に言えば、私たちの祖先がいかにも腐ってそうな果物をみて「これは口にしてはいけないものだ」と判断したから、 今日まで絶滅せずに生き延びているわけです。
それこそ果物にしてみれば失礼な話ですが、人間にしてみれば病を患わないための防衛策なのです。

これは、街乗りでも応用できます。

空車サインのタクシー。
ケバそうなギャル車。
黒塗りの高級セダン。
「点数」稼ぎの警察車両。

こうしたヤバそうな相手がいたら、迂闊(うかつ)に近づかないこと。
変な興味を起こした時こそ、手痛いしっぺ返しを食らうことも知っておくことです。

偏見は、ときに大切な自己防衛策になりうるのです。

危険度を察知しよう。

サイト内リンク