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#389 / 2005.01.23

いにしえ街道

総延長124万km(平成14年4月1日現在)。

これは、今私たちが走っている日本国内の道路の総延長距離です。
全国に網の目状に張られている道路網は、ずっと時代を遡れば、かつての街道であり、獣道でした。

今走っている片側3車線の幹線道路でも、何千年も時代を遡れば、そこに道はなかったでしょう。
それこそ人が、狩りや農耕に明け暮れていたような時代、 まさか、海や山の向こうに自分の知らない集落があるとは思ってもいなかったのではないでしょうか。

日本で初めて整備された道は、大和(奈良県)と難波(大阪府)を結んだ竹内街道と言われています。
遡ること西暦613年、推古天皇の時代に開かれた道だというのですから驚きです。
この街道をとおって、大陸文化が日本に伝えられたものと推定されます。

ここで「すごいな」と思うのは、内陸に住む大和の人が山を越えて見知らぬ世界を見ようとしたことです。

自分の暮らす世界で事足りたかも知れないのに、見知らぬ世界を夢見て道を拓いてきました。
そして大和の西側の山を越えたら、そこに海があって、その海の向こうには大陸があったのです。

結果、大陸からさまざまな文化が伝来され今日の日本にいたっていますが、 それには大和時代に多くのトライがあったはずです。
西だけでなく、おそらく四方八方に向けて探し歩いた人たちがいたと思うのです。

ある者は京都盆地へ抜け、またある者は吉野の山中へ。
山の向こうに海や集落が確実にあるかどうかも分からない。
もしかしたら、山を越えても、さらに山しか見つからない。

そんな時代に、よくぞ新しい道を開拓できた、と思うのです。

自分が前例をつくること。

大和時代の道作りですから、まさに前例がありません。
でも、前例がなくても挑んだのです。

それから1,400年。
今の役人は、行動を起こすことに対して「前例がないからできない」といいます。
やろうともしないし、考えてみようともしない。
派閥、体裁、それだけの権利を与えられていないなど、いろいろあるのでしょうが、 要は、自己保身からくる責任逃れなだけです。

役人だけではありません。
自己保身から責任を他者へとなすりつける人が多いです。

でもここで言いたいことは、自己保身をしないなんて消極的なことではありません。
トータルで見れば、自分から積極的に動くことは絶対にプラスになる、ということがいいたいのです。

もし1,400年前、大和人がみな自己保身の人達だとしたら、今の日本はなかったかもしれません。

日本列島の中に小さな集落が無数にでき、それらがすべて自分の集落しかみていない。
そんな卑小な集落ばかりでは国家もまともに形成できず、他国に駆逐されていたかもしれないのです。
そう考えると、竹内街道のおこりは現代の日本になくてはならないものだったのかもしれません。

当時の大和人がそうだったように、未知の世界に踏み込むことは、とても勇気が要ります。
しかも直接、すぐ自分に見返りがあるとは思えないことです。

だからこそ、やってみる価値があるのです。
自分への見返り欲しさじゃなく、もっと長い目で見て価値のあることなら、いろいろ挑戦してほしいのです。

それがあるから今があります。
世の中すべてそういうものです。

前例に挑もう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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