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#384 / 2004.12.19

タタキオロスゾ

今、助手席にうるさい客がいます。

とかく自分のことばかり話したがるのです。
そのうえ話の主導権を握りたいのか、私がちょっとでも違ったことを言ってみせると、 「ハァ?!」だの「違う!」だの仰せになられる。
あえてカマかけるも、やんわりどころか強烈に返してきます。

しまいには、こちらのドライビングスタイルにまでケチをつけてくる始末。
ハイハイ。直線番長で無駄に車間を詰めたがるアンタよりは、ヘタで結構ですよ。

そう思ってふと見やれば、コーナーが近づくたび、いちいちドアにしがみつくさま。
しかしコーナーを抜ける前に、横Gをそんなに感じないと思ったらしくドアから手を離す。

それを横目に苦笑い。
それはそうで、こちらはセオリーどおりコーナリング直前に減速しきっているのです。
バカみたいに突っ込んでくアンタの運転と一緒にしないでいただきたいものです。
そもそもアンタ、私なんかより運転年数長いのではないですか?

目的地まで、残り51km。
嫌な空気を乗せ、クルマは山岳地帯を突き進みます。
平地では聞こえていたカーラジオが、いつしかノイズになり、気がつけば聞こえなくなっていました。

迫りくる山肌。
連続するトンネル群。
次の集落まで街灯すらない。

休もうにも、本当に逃げ場がありません。

なおもとうとうと語る、隣のアンタ。
あきれて押し黙る私。
ていよくうなずくも、心の中では腸(はらわた)が煮えたぎっているのが自分の中ではっきりとわかります。

いい加減、うんざりです。
隣で大人しく運転手していたら、自分の言いたい放題ぬかす始末。
最初はていよく聞いていましたが、あまりにも自分のことしか話さないので会話にすらなりません。

今すぐこの場で叩き降ろしますよ?


車内は修行場です。

密室空間ともいえる車内では、しゃべる話題に気をつけたほうがいいでしょう。

自分ひとりならまだしも、同乗者がいる場合、気配りも必要になります。
運転中なら路面の凹凸(おうとつ)をうまく避けつつ、コーナリング速度も落とせるだけ落とす。
でも運転技術では、同乗者は気配りを感じません。
会話を弾ませたり車内の温度に気を配ることが、とくに大事です。

ベンチシートならともかく、運転席と助手席が分かれている場合、その距離はおよそ数10cmです。
心理学的に言えば「個体距離」となり、友人同士、もっと近づけば恋人と友人の境界線といった、 親しい間柄での距離を意味します。
そんな距離しか離れていないのに、険悪な雰囲気になるととても気まずいです。

よく日本人は言いたいことをはっきり言わない、と言われます。
確かに自己主張をしないことは、意思疎通ができないということですから大きなマイナスです。
言うべきことは言わなければなりません。
一連の北朝鮮問題のように、どんどん相手のペースに乗せられてしまうだけでは、まったく意味がありません。

では言いたいことだけ言えばいいかといえば、それは間違いです。
無神経に放言して平気な他民族を見れば、相手を逆なでしない気配りができる日本国民は素晴らしいと思うのです。
それは今だけの付き合いにとどまらず、永く付き合っていくことを分かっているからこそできる行動に他なりません。

今はたった一度の出会いかもしれませんが、 数年後、あるいは数十年後に、相手はもっと素晴らしいパートナーになりえるのかもしれないのです。

結局、この先続くであろう人間関係を壊したくないから、気配りをするのです。

相手に気を配ろう。

追記(2004.12.19記)

腸が煮えくり返っても、ケンカ別れはしないほうがいいです。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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