トップ > コラム > コラム No.379
 
トップ > コラム > コラム No.379

#379 / 2004.11.19

ゆずる権利

人は、どこまでゆずればいいのでしょう。

たまにはゆずってもいい。
でも、ゆずってばかりでは進めません。

譲るというのは、本当は勇気がいる決断です。

後ろを止めてまでも先に横切らせてあげるか。
はたまた、自分が先に行くべきか。

もともと狩猟民族じゃない私達は、何が何でも我先にという価値観はもっていません。
だからこそ、ゆずりあいや助け合いといった価値観が強く根づいているのです。
それは1つの美徳ですが、こと交通社会においては、単にゆずればいいというものでもありません。

例えば、自分が幹線道路を走っていたとします。
数10メートル先で横切ろうとしているクルマがいた場合、ゆずれますか?

これだけの文面じゃ、判断できかねます。

自車のスピードや対向車の有無によって、ゆずるかゆずらないかはおのずと決まってきます。
いくら自分がすぐ止まれるからといっていきなり止まったのでは、後続車がいた場合、とても危ないです。
また、後続車がいないからとゆずっても、 知らずに走ってきた対向車がゆずられたクルマに突っ込んで衝突しないとも限りません。

美徳とかそんなものは一切、関係ありません。
要は、その場の状況や数秒後にどうなるかを想定したうえで、トータルで判断しなければいけないということです。

ゆずることは義務ではありません。
だけど、ゆずる権利はあります。

その権利を使うかどうかに、マニュアルなんかありません。
あくまでも、その判断は自分の経験から導き出すだけです。

経験は書きつくせませんが、原則なら書けます。

何事においても対処するための考え方として、基本的なことは1つだけです。
それは、原則をつくってしまうことです。

たいてい迷う時というものは、2つ以上の手段があるからにすぎません。
こうきたら例外なくこうする、というのをあらかじめ決めておくととても楽になりますし、 仮にチームを組んでいた場合でも迷った時の行動がとりやすいです。

私の原則は、ゆずれる時は全部ゆずる、です。

きれい事ではないですが、私は全部ゆずりたいのです。
ゆずることで、くだらない渋滞を1つでも減らせれば結構なことではありませんか。
それに自分がゆずらないことで、相手に対してなんとなく後味が悪いのです。
だから、状況的にまずくなければ、極力ゆずります。

たしかに義務ではありませんが、公道でギスギスしないための立派な権利だと思います。
言い換えれば、身近なところから快適に走れる環境を作っていくということです。

結局、まわりまわって自分が得をします。
自己優先で走るばかりが、ドライバーではないでしょう?

原則、ゆずろう。

追記(2004.11.19記)

割り込まれたとか、入れさせたくないって気持ち。
分からなくはないけど、1台や2台くらいゆずってしまえばいいんじゃないの?
そもそもゆずらないことで、君は何を守りたいの?

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

サイト内リンク