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#374 / 2004.10.16

死神ドライバー

公道には死神が出る――――

誰かが言った陳腐な噂。

骸骨のいでたち、漆黒色のローブ、手に持つのは三日月の鎌。
他者の命を奪いながら、常に公道を徘徊し続けるとのこと。

いつしか話に尾ひれがついて、やれ丑三つ時に出るだの、目が合えば殺されるだの、 気がつけばとんでもない噂になってしまいました。
いまや都市伝説として、ひっそりと語り継がれているらしいです。

死神は、身なりがそれらしければ死神というわけではありません。
けっして深夜にしかお目にかかれない、というわけでもありません。

いるのです、あちこちに。

人の皮をかぶりながら、人の命を奪いつつ、人の世を闊歩する。
残念なことに、ご自分が死神だとは思ってはいないみたいですが。


命を奪うということは、とても簡単です。

相手の時間を奪えばいいのです。
言い換えれば、相手の残り寿命から貴重な時間を失わせることでもあります。
殺人を犯すわけではないから、そこには凶器は要りません。
これだって立派に命を奪ってることになるのです。死神と同じです。

例えば、エスカレーターで並んで立っている人達。

両サイドをふさいでいて邪魔です。
急いで行きたい時ほど、そこで突っかかってしまうのです。
抜いて行きたいのに、ちっとも気づこうとしません。
実際、抜けば抜いたで、すごく嫌そうな表情をするのです。

それと同じことを、公道でやっている人が多すぎるのです。

前をチンタラ走っている人だけではありません。
路駐している人、右折時にクルマの一部が出っ張っている人。

邪魔だからとっとと抜けばいいのですが、 片側1車線道路だとか、追い越し禁止だとか、結局、逃げ道が無いからどうしようもないのです。

その場所を占有してしまうことで他者の時間を奪ってるということに、なぜ気がつかないのでしょう?
鈍いのでしょうか?
それとも、嫌がらせでしょうか?

こういうと、ちょっと我慢するだけだと返す人もいます。
その「ちょっと」という意識はいただけません。

「 迷惑をかける時間 = 迷惑をかけた相手の人数 × 奪った時間 」です。

例えば、5分路駐したとします。
停めたほうは、「ちょっと」停めるだけとしか意識がありません。
しかしその路駐で、10台の後続車が5分間足止めを食らったら、少なくても10人のドライバーに5分ずつ迷惑がかかるのです。
これで、最低50分。
さらに同乗者が1人ずつ乗っていたとすれば、あわせて100分。

もし消防車のような緊急車両を足止めしてしまって、何百人もの助かる命も助かりませんでしたともなれば、 それは被害者の余生時間を全部奪っていることに等しいのです。

いまは高齢化社会だから、ざっと100年以上は奪えます。下手すれば1,000年単位です。
死神としては上出来すぎます。

極端な話、被害者全員の残り寿命分を弁償できますか、ということです。

アメリカの懲役刑みたいなバカバカしい話になるかもしれませんが、 弁償180年なんて請求されても、本来なら少しもおかしくないのです。


とりあえず、基本はルール遵守でOKなのです。
ただし、その場には流れというものがあります。
そこが動線である以上、たとえ無意識であってもとどまり続けることで迷惑をかけてしまうのです。

死神になってはいけません。
もし他人の時間を奪ってしまったら、次は時間を奪わないで済む手段を真剣に考えて実行したほうがいいでしょう。

相手の時間を奪うことに何も感じなくなったら、もはや人間ではなく死神です。
自分に対して、そのくらいの危機感を持ち続けて欲しいものです。


最後に運転に自信が無いだとか、急用でしかたなく停めたとか言い訳する前に、1つだけ言っておきます。

「空気読みなよ」

相手の動線をふさがない。

追記(2004.10.16記)

死神伝説なんて、都市伝説でも噂でもなんでもありませんよ。
あくまでもフィクションですから。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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