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#367 / 2004.09.12

コーチング

人が動くのは、その人が強く動きたいと感じたときです。

コーチングという技術があります。
相手とコミュニケーションをはかることで、相手の自発的行動を促す技術です。
もう少し言えば、「相手の特徴や価値観、過去を知り、そして話を聴きだして相手の行動を促していく技術」です。
今やスポーツ界にかぎらずビジネス界でも浸透してきました。

コーチングとは反対に、ティーチングなる技術もあります。
文字通り、解答をティーチ(teach)するもので、経験の浅い人には有効な技術です。

ティーチングとコーチングの違いは、例えばこういうことです。
ある方法論を伝えたい時に、「こうすればうまくいくよ」と答えを与えるのがティーチングで、 「どうしたらうまくいくと思う?」と問いかけ考えさせることがコーチングです。

ここでコーチングする人は、方法論は知っているけれどもあえて問いかけるのです。
すると相手は返事をするまえに、一瞬、考えます。
これをリフレクションといい、こうすることで考える力をつけるのです。
そこでもし違う回答が出てきても、 「それもアリかもしれないけど、例えばこういうのもいいんじゃない?」と返せばいいわけです。
そして相手の意見に共感しながら意見交換しつつ、意欲を与えていくのです。

こうやって書く分には楽ですが、いざ自分もコーチングしようとするとかなり難しいです。

まず相手と共感することが、なかなか難しい。
ともすると一方的に責めたててしまいがちです。

自分が分かっていれば、なおのこと。
教えることが得意だと思っている人ほど、 感情的に「なんでわからないんだ、こうだよ!こう!」なんて言ってしまう「教えベタ」だったりします。

また、一から十まで手取り足取りコーチングすればいい、というものでもありません。

まったくの未経験者に「どうすればいい?」と尋ねても、 そもそも基礎知識がないのですから「わからない」で終わってしまいます。
それは、今日から自動車教習を始めたという人に、 交差点や路地裏の写真を見せて「ここではどんな危険が考えられますか」なんて聞いているようなものです。

そうではなくて、未経験者にはティーチングがメインで、コーチングは少し織りまぜるといった所で構いません。
比率で言えば、ティーチング8割:コーチング2割くらいです。
そしてだんだん経験を積んできたら、コーチングの割合を徐々に増やしていくのです。

こうしてみるとティーチングとコーチングとの違いは、つまるところ強制的か自発的かの違いです。

イソップ童話の「北風と太陽」みたいなものです。
力づくでいこうとすれば相手は動こうとはしません。イヤイヤながら動くこともありますが、本心からではありません。
しかし、優しく照らしていけば、相手はみずから動き出すものです。

これはドライビングにも当てはまります。

前のクルマが邪魔で追い越したいとき、パッシングやクラクションで「どけどけ」とやるのは愚かな方法です。
それとやたら車間を詰めてしまうのもいただけません。
これらは言ってみれば、批判や脅し、あるいは責め立てに他なりません。

それで一時的にはどくでしょうが、相手はいい思いをしません。

車間を詰めるようでは、まだ三流。
パッシングするのも、三流。
クラクションをならすのは、もはや論外です。

運転中ならその場限りの付き合いで終わりかもしれませんが、これを職場や家庭に持ち込む人が多いのです。
だから、現代人はストレスがたまるのです。
誰もが「どけどけ」をやるから、人間関係がギスギスしてしまうのです。

相手を変えるのは、「どけどけ」ではありません。「促すこと」です。

運転中にどいてもらいたいなら、まず待つことです。
車間を空けて右ウィンカーを点滅させながら後ろについていく。
自分の存在を気づかせて、どいてもらうことを促すのです。

もちろん鈍感な人もいます。
意地悪してどかない人もいます。
でも、そういう人ほどいずれ相手にされなくなりますから、社会的には追いやられていくでしょう。

人を動かすには、当人から動いてもらえばいいのです。

強制的に動かせば、一時的には自分の思い通りになっても、心を閉ざし意固地になるでしょう。
しかし優しく促せば、相手も自分も気持ちよくことが運ぶのです。

人生は、自分のペースで一方的に進まないことだらけです。
しかしそれは単なる思い込みにすぎなくて、「どけどけ」しようとするから思い通りに動かないわけです。

大事なことは、相手に共感しながら歩調をあわせていくことです。

相手のペースを尊重しよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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