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#363 / 2004.08.14

青い鳥

満点を意識するから、ダメになるのです。

例えば、クルマを買おうとします。
デザイン、質感、使い勝手。
あらゆる要素をチェックしてみて、これだと感じた一品を手にしたとします。

ところが手にしてしばらくすると、もっといいのがあるんじゃないか、と思う時があります。
エンジンがよくない、内装が気に入らない、見切りが良くないなど、ポロポロと不満が出てきたりするわけです。
不満がでるのはけして悪いことではありませんが、少しでも気に入らないと全体でダメと考えてしまう人がいます。

これは満点主義に陥っているからです。
これもそれも、そしてあれもと完璧に満たそうとしても、そんなものはありません。
むしろ欠点を挙げればキリがありません。

そうではなくて、他はともかくこの1点においては自分の希望を満たせばいい、という基準を作ればいいと思うのです。
この点が自分にとって満足できるものであるならそれでよし、という考えです。
とくにその基準が具体的であればあるほど、見つけにくいけれど、その分満たされやすいものです。

私の場合は「MTでスバルで四駆のワゴン」でした。
走りに手ごたえを感じたかったから、まずマニュアル車ははずせません。
そして冬は地吹雪の荒れる地元においては、四輪駆動、それも四駆に技術力のあるスバルがいいなと考えていました。
さらに今のクルマを買った当時は、セダン不振の時代でもあり、ワゴンのラゲッジ部分に付加価値を感じました。
これを満たすものであれば何でもいいや、という考えでした。
こう考えていたから、クルマを買うときは迷うことなくとても楽でした。
乗り始めて既に10万kmを超えましたが、まったく飽きがきません。

基準は大事です。

物であればまだいいのです。
買う時と手放す時に、この基準を思い出せばいいだけです。

しかし、人が絡んでくると厄介です。
結婚、就職、転職。
付き合う人を決めたり、あるいは変えようとしたときだけでなく、 日々付き合っているだけで嫌な部分を目のあたりにしてしまう時もあります。
そうかといって、おいそれと人間関係を変えることはなかなか難しいです。

付き合いたい、縁を切りたいと強く願う時ほど、なかなか思い通りにはいかないものです。
基準があるからすべてがうまくいく、とは限りません。
でも基準があれば、付き合うチャンスや別れの潮時を見計らうことができます。
それは未来を好転させるきっかけともなりえます。

まずいのは、ただ漠然と「もっと理想があるはず」と考えてしまうこと。
満点主義は、常に合格点を遠くに置いてしまう考え。
だから、いくら求めても成功に届きません。これはつらいです。

でも、自己基準を満たすものなら、努力しだいで手が届くのです。

こう考えると、不満のない青い鳥は来ません。
来るのは、自己基準を満たした現実なのです。

具体的な自己基準を持とう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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