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#361 / 2004.07.26

真・「漢」道

アスファルトでお膳立てされた道ばかりが、道ではありません。
寂れた旧道みたいな誰も走らないコースだって、立派な道です。

方角なんて分からない。
何が出てくるかも分からない。
第一、この道が本当に自分の目指す場所に通じているのかすらも分からない。

迂回路はごまんとあります。
ここより楽なルートを走る人達を見て、何度うらやみそうになったことでしょうか。

それが、今を生きる私達なのです。

現状から逃げ出したい時もあります。
でもなかなか逃げられない。
それが現実です。

お金、地位、名誉。
思い切って全部かなぐり捨てたいのに、守らざるを得ないものばかり増えるから、辞めるに辞められません。
大多数の本音なんてそんなところでしょう。

では、いっそ立ち止まりますか?
それもありですが、ここで止まっていたとしても自分の想いは届かないし、助けも来ません。
それに一度止まれば、次はなかなか走れだせなくなります。
マラソンと同じで、いかに立ち止まらないで走れるか、なのです。

今を懸命に走っても、意外と人は理解してくれないものです。
私達はひたすら、その理解されない道を、ただ前に走るしかないのです。

走り抜ければ、その経験は、己の血となり肉となります。
今は苦しくても、あとで必ず役に立ちます。

むしろ今、辛いからこそいいのかもしれません。

けしてマゾとかそういう意味ではなく、 ぬるい選択ばかりしていくことで、狼がただの飼い慣らされた犬に成り下がっていくような危機感。
それが嫌なのです。

生きるために新しい獲物を狩り家族を守る狼と、鎖に繋がれ何もしなくてもエサにありつける犬。
どちらが魅力的かは、言うまでもないでしょう。

チョイスするのは、あくまでも自分です。

「ナビゲーション」から与えられたお仕着せのルートは、今のあなたを楽しくさせていますか?

キツいルートを楽しもう。

追記(2004.07.31記)

信号がなく直線区間も多い高速道路と、誰も走らなくて警戒標識すら立てられていないような細いけもの道。
走るのが「楽」なのは、間違いなく高速道路でしょう。
でも走って「楽しい」のは、断然、けもの道です。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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