トップ > コラム > コラム No.360
 
トップ > コラム > コラム No.360

#360 / 2004.07.26

「漢」道

世の中には、魔境と化した道があります。

草木が生い茂り、かろうじて道の原形はとどめているけれども、 もはやすれ違いすらできないようなひどい道。
行き先表示の標識には「○○方面通行止め」の文字が示されているけれど、 Uターンする場所もなく、どうにも戻ることができません。
そのうえ道路の端々が傷んでいて、ところどころに砂利の区間もあります。

それでなくても、人里はなれた山中の一本道。
携帯の電波なんて一本もたっていません。
もしガス欠や脱輪なんかでトラブったら、確実にここからは帰れないでしょう。

立ち往生なら、まだ救いがあります。
しかし踏み外せばそこはガケ、なんて道だったら、まず命の保障はありません。

明らかに危険度が高すぎます。
しかし、進まねばどうしようもないのです。


これはけっして国外の秘境の話ではありません。
国内各地にある国道や県道の話です。
その証拠に、その道を走っていけば、道端にはきちんと国道や県道を示す標識が立っているのです。

国道ならぬ酷道。
県道ならぬ険道。

いや、むしろ「漢(おとこ)」道と呼んでしまってもおかしくない危険な道です。

これらの多くは山中を走る道です。
かつての峠道が、付近にトンネルやバイパスができたことで寂れてしまった道だったり、 過疎化が進みすぎて通行量が激減してしまった道です。

困ったことに、こうした険しい道が何食わぬ顔で地図に色つきの道で表記されているのです。
地図で見る限りではそんなに険しくなさそうだし、なにより他ルートよりもショートカットになっているのです。

近道か獣道かは、走ってみないと分かりません。

もし危険だけど距離的に近いと感じるなら、その近道は最適のルートでしょう。
しかしその近道を抜けるため、遠回りする以上に労力を使うのであれば、結局は遠回りしたほうがいいのです。

確かにその獣道を抜けきることで、何がしかの達成感は得ることはあります。
もちろんそういった経験は、男であれば一度や二度は味わって自信にしたいものです。

でも「漢」道ばかりが道ではありません。
何の変哲もない道も、やはり道なのです。

一見、派手にショートカットしたいところですが、そこをこらえてどれだけ遠回りできるかということです。
それは、単純な直線距離だけでなく途中にかかるリスクも視野に入れておけるか、とも言えます。
そのリスクが身の丈以上ならば、遠回りする勇気も必要です。

つまりは、どれだけリスクに敏感になれるか、ということです。

急がば回れ。

追記(2004.07.26記)

福島・県道31号浪江国見線、霊山神社からR115へ抜ける道。
もう2度と走りたくないです。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

サイト内リンク