#346 / 2004.05.12

公道ワークス

人生も公道も、まったく同じだ。

一見すると、みんな普通に走ってるように見える。
でも、よくよく見れば2種類のドライバーがいる。

サンデードライバーとワークスドライバー。

あくまでも例えになるが、 「無難に安全に目的地まで走りとおすこと」を主眼として走るサンデードライバーと、 「現状に甘んじないで、常に進化し続けること」を主眼とするワークスドライバー。

どちらが良くてどちらが悪だという話じゃない。
走るだけなら、免許さえあればどっちだっていいんだ。

でも結論を言ってしまえば、ワークスドライバーになることをお勧めする。

なぜならサンデードライバーには、3つ見えていないことがある。
1つは、自身が見えてない。
そして、周囲も見えてない。
さらに言えば、未来も見えてない。

周りに比べて遅い速度で自分が障害になっていることに気づかない人。
歩行者や自転車、あるいは対向車なんて気にせずドンドン突っ込んでいく人。
1秒後に飛び出してくるとか、車線変更してくる、あるいは右折するとかそういった予測ができない人。

これらは、すべて「見えてない」ことが原因だ。

なんとかぶつけず走り続けてきたといわれそうだが、それは「あなたが守られてきた」から。
あなたの「独走」に対して、相手が急ブレーキをかけたり我慢してたから、うまいことトラブらなかったに過ぎない。
相手は心のなかで舌打ちしてたかもしれないが、声には出さなかった。
それに気づかなければ、あなたはいつトラブってもおかしく無いだろう。

今の俺達と同じじゃないか。

与えられた仕事だけで終わる人と、そこからいろいろ試して効率化してみようとする人。
定年まで平穏無事に勤め上げようとする人と、技術から何からキッチリ盗んで独立してやろうと考えている人。
学力判定表を信じて無難な進路先を選ぶ人と、もっと勉強して本当に自分の行きたい進路に進もうとする人。

考えてみれば、人生、常に二者択一なわけだ。

もちろん無難に生きるのもいい。
あえて危険を冒すまでもないだろう。
それだって走れるのだから、十分なわけだ。

でも、それじゃ「その他大勢」でしかない。

要は、冒したリスクの分だけ、人生が開かれるんだ。
1度しかない人生、他人と同じような人生なんてつまらないじゃないか。

いい加減、ヌルい集団から抜け出してみないか?

ワークスドライバーの精神を持とう。