トップ > コラム > コラム No.341
 
トップ > コラム > コラム No.341

#341 / 2004.04.10

鳥瞰ドライブ

私たちはいつも、運転席からの視点を基準にして運転しています。

でもそれは、きちんと周囲を見ているつもりでも、クルマの内部からのみ物事を見ているだけだったりします。
それも狭い一部分しか見えていなかったりします。

例えば走行中に、自車の斜め後ろには気づいていないし、 もしかしたらタイアの空気圧が減ってしまっていることに気づいていないかもしれません。
ミラーなんて一切使わずに、本当に前だけしか見ていないで運転しているドライバーだってごまんといるのです。

鳥の視点で眺めてみることも大事です。

例えばカーナビやレースゲームには、鳥瞰ビューがあります。
クルマの真後ろを斜め上空から見下ろした視点です。
つまり鳥の視点で、自分とその周囲を眺めてみるのです。

ちょっと離れてみることで、実はいろいろ見えてくるのです。

例えば、運転している本人は、しっかり運転しているつもりです。
でも、そういうドライバーほど周囲の流れにはまったく乗れていないし、 駐車場では駐車スペースばかりに気をとられて、周りの通行人なんか見えていません。
そして停止する時は、思いっきりカックンブレーキをかけてしまうのです。

「主観的」といえば聞こえは良いですが、悪く言えば「まったく周囲を見ようともしない」だけです。

客観視できることも大事です。

ドライブに限りません。
生きていく上で、自分を客観的に見ることができないと恥ずかしい思いをします。

電話をかけると、声がでかくてうるさい人。
自分の時間軸と感覚だけで相手を振り回す、自己中心的な人。
見られていないからと安心しきって、不潔になっている人。

誰も指摘してくれないのは、あなたの行動に問題が無いか、あなたが見放されているかのどちらかです。
前者はいいのですが、後者は怖いです。
見放されているということは、暗に言っても無駄な人だと見くびられているわけで、 そこに気づかないと、だんだん人が去っていくのです。

それは逆に言えば、言われた時は「まだ救いがいのある人間」だと思われている証拠、でもあるわけです。
例えば友人の鼻毛が出ていたり、チャックが開いていたりした時、あなたはどうしますか。
自分にとって大事な人間だと思うほど、小声で「気をつけてくださいね」と言ってしまいます。
その時は恥ずかしい思いを与えてしまいますが、それ以上恥をかかさせずに済みます。
ただし闇雲に言うと相手に不快感を与えますから、言うかどうかの判断は難しいところです。

少し話がそれましたが、視点が1つしかないことは、ミスの原因にもなりえるのです。

運転中にタイアが空気漏れしていることに気づかないのと同じで、自分ひとりの視点では、なかなか気づかないのです。
だからこそ、自分の中に客観的にみてくれるもう一人の自分が必要なのです。

もちろん主観的に見ることは大事です。
それに加えて客観的に見ることは、もっと大事なことなのです。

ちょっと離れて客観的に自分を見つめてみよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

サイト内リンク