#34 / 2001.07.17
ホウトカ
「人間、動けばハラがへる」
クルマでの移動は、空腹感を誘います。
私はグルメではないので、安い料理屋さんに平気で入っていきます。
あるハンバーガーショップに入ったときのことです。
「いらっしゃいませ。お待ちのお客様。こちらのほうへどうぞ」
店員さんの前へ移動して「ハンバーガーセット1つください」と、私。
「かしこまりました。店内のほうでお召し上がりでしょうか?」
「ええ、店内で」
「ありがとうございます。お会計のほう、先に致します。……」
店員さんは、終始にこやかでした。
私は、ハンバーガーをほおばりながら、ふと考えました。
「ほう」ってなんだろう?
なぜ、そんなに薄めたがるのかな。
ぼかして言うと、ものすごく自分に自信がないみたいで嫌だ。
そもそも「ほう」ってなんでしょう。
早速、国語辞書を開いてみました。
ほう【方】
- 方角。「北の―に進む」
- 方面。「病院の―に勤めている」
- [かながき]くらべて考えられる物の一つをさすことば。
「この服の―が似合う・行った―がいい」 - [かながき]部類。「背は低い―だ」三省堂・現代国語辞典第二版より一部引用
どうやら「ほう」とは、意味合いをものすごくやわらげる言葉のようです。
それだけに、なんとも中途半端です。
人もクルマもそうで、中途半端だと面白くない。
そこそこ人が乗れますよ、そこそこ荷物が積めますよ、そこそこ走れますよ。
じゃあそのクルマ何が売りなのと問い掛けられて、何もないのは寂しい。
フェラーリ、ポルシェのような純粋なスポーツカー。
超高級路線のレクサス、メルセデス。
貨物車も搬送媒体として特化しているから、面白いと言えば面白い。
なんでもできる人間より、一芸にずば抜けて秀でている人間が面白い。
ハッキリ言えないのは、やっぱり弱い。
ダメな詐欺師ほど、まがいモノの消火器片手に「**消防署のほうから参りました」などといったりします。
でも、他人事ではありません。
自分でも、思わず使ってしまう時があります。
どちらかを選ぶ時に、消去法で選んだものほど「こっちのほうでいい」。
これではまずいと、日常会話と本コラムから「ほう」を使わない生活を始めています。
「とか」もいけません。
最近でこそ、私個人は使わなくなりました。
ただ、列挙するときの「とか」はわかります。話し手の自信が伝わります。
「とか」が気に食わなければ「だの」でもいい。
しかし、話し手の自信が感じられないのは、聞いているだけでも気持ちが悪い。
「大学に進学して何がしたいの?」
「うーん、サークルとか?」
「とか?」
「……アルバイトかな?」
「ふーん。じゃあさ、どんなサークルやりたいの?」
「テニスとか?」
どうせだったら、最初から「ナンパ目的で大学に入りました」といえば潔い。
全部、疑問形じゃ会話にもなりません。
「これだから最近の学生は」といっているオジサンもいるでしょう。
しかし、むしろ薄めたがる人は、私も含めた成人に多くいます。
成人になると誰も注意してくれません。
だからこそ、自分で気づかなければ、中途半端で終わってしまうのです。
薄めずに突き抜けよう。