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#337 / 2004.03.21

ハコ買い

「うわっ、いーなぁ。でもこれしかもってないや……」

ミニ四駆に、ビックリマンチョコ。
80年代後半に小学生の間で流行したブーム。
当然のごとく、私もはまりました。

でも小学生でしたから、買うだけでも精一杯だったのでした。

ミニ四駆は、本体を買うだけでおしまい。
強力なモーターやら取替え用のギアやら販売されていましたが、そんなものは夢のまた夢で、 カッターナイフ片手にプラスチックのボディやシャーシをせこせこ削っていました。
ビックリマンチョコも1つ30円でしたが、週に一度、買えて2個。
ちょっと余裕があると、いっぺんに3個も買えました。

かといって学校帰りにいろいろと無駄遣いをしていたわけでもなくて、むしろ貯めてばかりでした。
というより学校と実家の間には、田んぼしかありません。
道が一本走っているだけなのです。
当時からそうだったし、今でもそうです。

月に1,000円のお小遣いでは、手に入れることすらままなりませんでした。
でも、無いからといって不便は感じていませんでした。

ビックリマンチョコにしても箱入りで40個。
友人の中には箱ごと買ってしまった強者もいましたが、私は「箱買い」とは無縁でした。

「いつかは箱買いできるくらいのお金があればね」

免許を取った翌年、大学生だった私は、バイトで少ないながらも収入を得ていました。
そのころ、真っ白のスバル・レガシィツーリングワゴンGT-B(BG型)が欲しかったのです。

新車価格でも307万円。
中古を買うにしても、当時にして200万円以上はかかりました。

それからレガシィは、今に至るまでモデルチェンジを2回果たしました。

今日、中古車まつりで見たあのレガシィ。
期間限定ということもあって、50万円を切っていました。
もちろん冷やかしでしかなかったので、買いはしませんでした。

憧れの商品が、だんだん自分の手に届くまで値落ちしてきました。

私はビックリマンチョコの影響で「箱買い」という言葉が印象強いのですが、 かつてできなかったことを財力にもの言わせてたやすく手に入れることを「大人買い」といいます。
クルマは高価ですが、ローンを組んでしまえば商品自体はたやすく入手できるから、これも一種の大人買いでしょう。

お菓子にしてもクルマにしてもそうですが、昔より使えるお金が増えたとき、どんな買い物をしますか。

コンビニ店内の一角には、陳列棚に所狭しと並ぶ食玩達。
そこにはカード有り、フィギュア有り、玩具有り。
しかも精巧なミニカーまで売られているのですから、一人のクルマ好きとしては心を動かされそうになります。

でもよく考えれば、これらはすべて子供心を満たすアイテムばかりです。

1つや2つくらいは買ってもいいのです。
そこには懐かしさや好奇心があるのですから、買うことを否定はしません。

でも大人買いするのは、ちっとも大人げがありません。

他の子供達といっしょの土俵で、確実に勝てる財力勝負をしたところで負けるわけがないのです。
むしろ、勝つ勝負しかしていない。
子供の世界に大人がしゃしゃり出てしまっているのです。

いわば、小型車どうしの草レースに本物のワークスマシンが参入してブッちぎりで勝ってしまうようなものです。
結果がみえている勝負だけに、まわりも自分も面白くありません。

懐かしさを通り越して、優越感に浸りたいだけにしか見えません。

いつからお金にもの言わせる人間になったのでしょう?

大人買いはできるけど、1つ1つチョイスして買うのが本当の意味での「大人買い」でしょう。

例えばとなりで子供があなたの大人買いを見せつけられて、あなたならどうしますか。
「羨ましいだろう?」とばかりに、子供を見下ろしますか?
「稼いでから大人買いしろ」と、イヤミを言いますか?
何事もなかったかのように、無視しますか?

どれも大人げありません。
あなたは財力と引き換えに、「大人」を失ったのですか?

やるならやるで、接戦になるようにわざと仕組んでいくのです。
勝つ手段を選ぶことは大事ですが、大人だったら勝負を盛り上げていく選択もあるのです。

自分さえ勝てればそれでいい。
そんな意識で年ばっかりとってしまったのが、大人買いにはまってしまった「子供」達なのです。

チョイスして買おう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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