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#330 / 2004.03.07

思いやり車内放送

その言葉が、思いやりになります。


先週、いわきから郡山へ行くために、高速バスに乗りました。
高速に入る直前で、バスの運転手さんがこんな思いやりのある車内放送をしていました。

「本日も郡山線ご利用いただき有難うございまス。
いつも安全運転に努めておりますが、万が一ということもありますので、シートベルトは必ずお締めくだサい。

なにぶん磐越道は山間を抜けて走っていくモンですがら、左へ右へとバスが高速に振られまス。
急ブレーキや横転は無いとも限りませんがら、なンかあったら車外へ吹き飛ばされてしまうこともありまス。

また車外に飛ばされなかったとしてもネ、体ごと飛ばされて車内の他の人にケガを負わせることもありますからネ。
ですからシートベルトは、必ずお締めくださるようお願いしまス」

その福島交通の運転手さんは、 聞きなれた福島弁で、こう放送していました。

この車内放送に、説明の真髄があります。

  1. 文頭に言いたいことを挙げる。
  2. 理由は言いたいことの後でいいから、○○だからこうなるよ、の形式で伝える。
  3. 不快感や威圧感を与えず説明する。

伝えたいことは、もったいぶらずにドーンと伝えなければいけません。
教科書どおりに起承転結で話をしていく手法は、説明には向きません。

あわせてなぜそれをするのかという理由は、しっかり伝える必要があります。
理由なしに「あれやって」という人がいますが、それだと何のためにやるのかが伝わりません。
するとうまく伝わらなくて、あとで同じ説明をするハメに陥ります。

また説明する側の人間になると、途端に傲慢になる人がいます。
器の小さい人間ほど、ここぞとばかりに「教えてやる」という態度に出るのです。
偉そうに説明する分、聞く側も、聞こうとする意欲がそがれ、 何カッコつけているんだよと、そちらばかりに気をとられてしまうのです。

偉そうなだけでなく、逆ギレしているかのように感情任せにデカい声を振りまくのもいけません。
説明することが目的なのであって、感情をブチまけることが目的になってはいませんか。
感情にとらわれず、クールに説明できることが、相手の理解に繋がるのです。

うまい説明ができれば、自分のためにも相手のためにもなるのです。

ただし「相手のために」ばかりを優先させてはいけません。
相手の本心が分からないまま動くのは、相手にすら負担となるのです。
相手は「もういいよ」と思っているのに、あなたは「君のためを思ってやってるんだ!」と逆ギレしていませんか。

教え魔になって、求められていないことまで執拗にかまってもいけません。
教えたがりは、ただの自己満足にすぎず、かえって失礼なのです。
しかも執拗だから、嫌われる。

これは、まさしく運転と同じなのです。

意思はハッキリ表す。
かつ執拗にしない。

バックするときは後退灯が点灯します。
またトラックであれば、あわせて「バックします」とメッセージが聞こえるから、意思表現はできています。

パッシングやクラクションについては、ともに操作しやすい箇所にあるため、やはり意思表現できる人は多いです。
ただし、闇雲にやるものではありません。

ところがウィンカーを使った意思表現となると、たいていできていないのです。

ウィンカーなしに車線変更なんてお構いなしだし、そもそも渋滞の最後尾でハザードを出すなんてしない。
そのくせ、マナー違反とされてきつつある「サンキューハザード」だけはなぜかきっちり実行するのです。

ハザードスイッチは車種によって位置が違うから、使いやすさも異なるのです。
センターコンソール(エアコン吹き出し口やオーディオ操作関連のスイッチがある箇所)上にあるクルマもあれば、 ステアリング上部についたクルマもあります。
例えば、GC/GF型インプレッサは前者ですが、CT21型ワゴンRだと後者です。

しかしいずれにせよ、スイッチが使いづらいからと逃げてはいけません。

道具のせいにしてはいけません。
ハッキリ意思表示する気がないのです。
そこから自覚しなければいけません。

自分の意思は、相手にしっかり伝える。
少なくとも路上を走る時には、他人に以心伝心を期待してはいけません。

すべては意思表現から始まるのです。

苦手な自己表現に挑戦してみよう。

追記(2004.03.07記)

こんなに汚い言葉じゃなかったハズですが、なにぶん福島人は言葉に情をこめるモンでネ。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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