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#294 / 2003.09.23

朽ち果てる翼

翼が朽ちるとき。

誰しも、羽ばたきをやめようとすることはあります。
それは仕方のないことだと思います。
私は、否定しません。

心ない人は、「まだ飛べる」といいます。
また私のような人間を、薄情と罵るでしょう。

君に何が分かるのですか?

飛べないことを叱咤するのは、飛び続けたことのない人の発想です。

ちょっと飛ぶくらいなら、誰でもできるのです。
しかし、それを継続し続けるのは、並大抵のことではありません。
それも知らずに、かじっただけですべてを知ったかのような振る舞いに出るのは、傲慢ですらあります。

薄甘い経験で、すべてを語ってはいけません。

某募金番組。
励ましていれば、親身になった気持ちが味わえるのですから、お気楽なものです。
そんなのは「地球を救う」のではなくて、「偽善に酔いしれる」だけしかありません。

それと同じで、「大丈夫」「頑張れ」なんていう分には、全然覚悟がいりません。
それだけ、中身のない言葉だということです。

続けるか辞めるかという選択をせまられた時、「大丈夫、頑張れ」と言われます。
それでは、どこまで頑張ればいいのでしょうか。

これ以上、飛べないときだってあります。

夢破れ、飛ぶことを諦めたくなったら、いったいどうすればいいのでしょう?
何食わぬ顔して、諦める選択肢を奪っていくのは、酷でしかありません。

その辛さを分かって欲しいのに、送られる言葉は「頑張れ」だけ。
言う側は、「いい人」気分に浸れるでしょうね。

応援なんか、いらない。
同情なんか、いらない。
欲しいのは、共感と具体的な解決なのです。

道を走り続けている限り、どこかで壁にブチ当たります。
常に全開とは行かせてくれないのが、世の常のようです。
そのとき、諦めを体験するのです。

諦めたいときは、本当に諦めるか、歯を食いしばって耐えていくしかないでしょう。
つまり、現状から逃避するか、好転を待つか、です。
いずれにせよ、今とは異なる状態に向かう点では同じです。
こんなとき逃げることやとどまることを非難する人は、何にも分かっていない人だから、放っておいて構いません。

クルマと同じです。

どんなにいいエンジン積んでも、どんなにいいタイア履いていても、 アクセルを踏まなきゃ、走ろうとする意思が無きゃ、ビクとも動かないのです。
そういった、諦めモードに入ってしまうのは、人間なら誰でもあるものです。

諦めモードに入っている人がいたら、そっとしておくか、あるいは共感と打開策を持っていけばいいのです。
いい人ぶりを演出したいがために、気安く「頑張れ」なんて言うのは、ただの傲慢にすぎません。

今、まさに諦めんとする人へ。
逃げても待ってもいいのです。
今はただ、新しい羽が生えるのを待つだけです。

「逃げ」や「待ち」も、策と考えよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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