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#278 / 2003.07.09

計数旅情

案内標識の下を颯爽と駆け抜けるたび、いつもドキドキします。

深夜紀行が長かったせいか、距離つきの案内標識が軌跡代わりでした。
幹線道路であるにも関わらず周りは闇。対向車も少ないのです。

「○○ ××km」
はるか遠方に見える案内標識が、徐々に大きくなり、視界の上部にあっという間に消えていく。

一般道で長距離を走ると、わかることがあります。
案内標識は、目的地までの道のりを教えてくれません。
示すのは、初めて聞く街の名ばかり。

走れど走れど、たどり着けない現状。
地図の縮尺を小さくしても、目的地がなかなか見えません。

そして数時間。
やっと、案内標識に目的地が載りはじめるのです。

「東京 100km」

ここで、「見えた!」と感動します。
たかだか「100km」と書いてあるだけなのに、です。

終わりの見えない苦痛が、あとコレだけ頑張ればいいという快感に変わるのです。

闇雲に走り続けてきた自分。
進み続ける虚勢と、終わらないことへの不安。
ゆえに、自分の居場所を知ることは、安堵につながるのです。

高速道は、もっと面白いです。

インターチェンジにナンバーが振ってあります。
東北道で言えば、1の川口JCTに始まって、10の宇都宮、18の郡山、28は仙台宮城。

今どこにいるかが分かる安心感と、目的地に近づくために1つずつ邁進していく安心感があります。

生きていくことと同じです。
勉強すること、物を作ること、鍛えること。

なし得る目標があって、そのためにどこまで進んでいるかを示しています。
かっこよく言うと、進捗がわかるのです。

少しずつ、目的までの数値の差が小さくなっていきます。
目に見えるだけに、実に快感です。

人間だから、なかなか進まないこともあるでしょう。
また、自分より進んでいる人に対して、焦りを感じることもあります。
だからこそ、人間は不安になるのだと思います。

でも、大丈夫。

ちゃんと前へは進んでいるでしょう?
終わりが見えないことに比べたら、全然マシなのです。

ちょっとずつ進もう。

追記(2003.07.09記)

東北道終点・青森ICは54。
遠いよ。遠すぎだよ。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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