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#269 / 2003.06.07

セールスパーソン

親身に受け止めてくれる人を、人は受け入れます。

私は、今までにクルマを2回買いました。
そのたびごとに、カーディーラーに行っては迷うのです。

これだけだと車種で迷うかのようですが、ショウルームであれがいい、これもいいと迷うわけではありません。
それどころかむしろ本命車種は決まっていて、何日も前から買う気満々なのです。

迷うのは、「本当にこの人から買っても良いのか」なのです。

1台目のときは、大学2年のときでした。
手持ちは、必死で貯めた頭金40万円だけです。

親ローンで返さなきゃいけなかったので、あまり無理できません。
かといって、自分の要求をことごとく諦めたくはありません。

心のどこかで、そんな葛藤をわかって欲しかったのです。
すんなり買ってもらえる、いいとこのお坊ちゃまとは違います。

結局、6店舗回って一番話の合うセールス氏から買いました。
値引きだけなら、他店が良かったのにも関わらず、です。

2台目も同じです。
5店舗回ったけど、どこも今ひとつ。
たまたまノーマークだったディーラーに寄ったとき、セールス氏がことのほかノリが良かった。
初売りで安く買える時期だったことより、ほとんど意気投合に近いノリで買いました。

さて。

クルマという高額商品だけに、値引き販売はつきものですが、単純に値引きすれば飛びつくとは限らないのです。

例えば「高いよ」という買い手に対して、「そんなの値引きすりゃいいんだろう」と、体よく値下げする売り手がいます。
「ハイ、これでいかがですが」と電卓をポンポンとたたき、「このお値段で乗れますよ」と言ってくる。
続けて「今なら、これもサービスで付けますよ」と、いろんなものを付けてくる。

でもそんな人からは、買いたくありません。

確かに、値引きやサービス品はありがたいです。
ただでさえ高い買い物だから、1,000円でも2,000円でも安いほうが、本当はありがたいのです。

でも、本当に求めているものは、実は商品ではありません。
買い手は、買いたいと思うセールス氏を求めているのです。

安ければいいのだろうと値引きでごまかす売り手には、安物買いの客しか集まりません。
すると、もっと安く売る売り手が現れてしまうと、客をごっそり持っていかれてしまいます。

もので釣ってくる売り手も、同じです。
客がもっといい物でつられてしまうと、誰もいなくなってしまいます。

それに買い手としても、「安物買いの客」だの「金や物でつられる客」なんて思われるのは、非常に悔しいです。

結局、金や物では、人は動かせません。
親身に話を聴いてくれたり、自分を認めてくれたり、時には癒してくれたり。

そんな受け入れてくれる人のために、人は動こうとするものです。
そういう意味では、セールス氏だけでなく管理職や親兄弟、友達、はたまた恋人にも通じる話です。

本当は、誰もが受け入れてもらいたいのです。

でもその割には、受け入れてくれる人というのは圧倒的に少ないのです。
代わりに風潮なのか、誰もが「受け入れろ」とばかりに、自己主張だけはする人が絶えません。

用もないのにケータイかけて。
大股広げて座りだし。
テレビつければ、「訴えてやる」。

主張が激しいのは、ドライバーにも多くいます。

煽りに煽って、割り込んでくるドライバー。
うるさいだけの、爆音車。
邪魔な存在だとみずからアピールする、法規遵守の低速車両。

相手にはげしく自己主張していますが、いったい何様のつもりですか?

吐き出されるのは、程度の低い主張ばかり。
悲しいですね。

癒しを求める「だけ」の人。
自慢したい「だけ」の人。
グチりたい「だけ」の人。

気がつくと、自分も陥りやすいのです。
だから、油断できません。

誰しも弱いから、どうしても友達や恋人に求めてしまいやすいものです。
少しは求めてもいいのですが、ものには限度があります。

求められる側の立場で、考えてみましょう。
余裕があるときなら付き合えるけど、毎度つきあっていたら疲れてしまう。
しかもこちらが受け止めてほしいときには、まともに受け止めてくれそうにもありません。
そこで幻滅してしまうのです。

人が避けていくときというのは、実は自分の「求めすぎ」が原因であることも多いのです。
求めるだけじゃなくて、受け入れていますか?

主張するより、受容しよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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