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#262 / 2003.05.16

オタ

芸とオタクは、紙一重です。
紙一重ですが、まったく異なります。

私の意識では、芸人とオタクとオタがいます。

芸人は、自分が好きなことを極めている人です。
オタクも、自分の好きなことを極めている人です。

芸人とオタクが違う点は、自分の好きなことで他人を感動させられるかです。
他人を感動させることができれば芸人ですが、そうでなければオタクです。
オタクは、いってみれば自己満足に終始する人です。

どちらが良いか悪いかは、ここではどうでもいいです。
極めているという点においては、どちらも素晴らしいです。

そしてオタもいます。
オタクではありません。
オタクにすらなりきれていない人です。
中途半端で満足していると、ただのオタです。

さて。

世の中には、薀蓄(ウンチク)をたれる人がいます。
ことクルマのことになると、自動車技術から、果ては自動車の歴史に至るまでしゃべくる人がいます。

ウンチクは、聞いてためになることもありますが、大体はどうでもいい内容です。
聞くだけ時間の無駄です。

「ボクのクルマはターボついてスーパーチャージャーついてそのうえエンジンブレーキまで……」
クルマの装備や性能なんてのは、オーナー以外にとってはどうでもいいことです。
そもそも、エンジンブレーキは装置ではありません。

やたら知識をひけらかすのも、いけません。
質問されてもいないのに、「この装置はねぇ……」と切り出されても、聞きたい人ばかりではありません。

発表会ならともかく、関係者でもないのに迂闊に知識をひけらかそうとするのはオタです。

オタが嫌われるのは、中途半端だからです。
知識をひけらかすのは、中級者のやることです。

なまじ、変な実力がついてくると、偉くなった気分に変わる人がいます。
素人を見ると、嬉しくなって説明魔や勧誘魔に変わってしまうのです。

その気が無いのに「これからは免許の1つもなきゃ」と言われたとしても、取りに行こうとは思いません。
それに「あ〜、今の縦列駐車うまくないなぁ」なんて隣で言われても、この上なく余計なお世話です。
それこそ自慢げに言われたら、「なら降りな」と言ってしまうでしょう。

確かに、自分で理解するためには教えてみることが一番です。
誰かを誘って、教わりつつ教えながら、というのが上達の近道かもしれません。
でも傍目には、私は知ってるんだぞと自慢しているようにしか見えないのです。

結局、中級者なのです。
中途半端だから、オタになりやすいのです。

上級者ほど、知識をひけらかしません。
また、むやみに勧誘もしません。

自慢するより、感動を与えよう。


悲しいかな、好きだというだけで勝手にオタク扱いする人も居ます。
でも、本当は嫉妬しているのです。
嫉妬しているから、自分達のレベルに堕とそうとしているだけです。

寄ってたかって言いたいだけの連中というのは、群れるだけの「嫉妬オタ」です。
チームと異なり、群れるというのは方向性がありません。

結局、ザコです。
嫉妬オタは信念1つすら持ち合わせていないので、かまう事はありません。

愛車が好きだというだけで、そのメーカーオタク扱いにする人がいます。
1つの派閥のように思われていることもあります。

例えば私は今、スバル車にのっています。
こういうだけで、嫉妬オタはスバルオタク扱いします。

嫉妬オタの論理で行けば、トヨタオタク、日産オタク、ホンダオタクと、オタクばかりになってしまいます。
彼らは、オタクと罵っては悦に入っているだけにすぎません。
しかし、他人を罵って悦に入るような存在に、生きる意味などありますか。

今乗っているスバル車は好きですが、メーカー関係者じゃないしそこまで知識が無いから語れません。
私は、オタにすらなれませんが、なりたいとは思いません。

そういうメーカー派閥ではなくて、1ドライバーとして感動を与えているかということです。
走ることで、「芸人」になれるかということです。
ただの「オタ」で終わってしまわないか、自問し続けることも大事です。

結局、人に感動を与えるものは芸であり、独りよがりに終わるのはオタなのです。

群れるより、感動を与えよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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