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#259 / 2003.05.03

無目的旅行

予定を決めない楽しさもあります。

あてもなくフラフラと走りたいとき。
未知らぬ街へ行ってみたいとき。
陸の果てを見たくなったとき。

全然、スケジュールなんか立てていなくても旅行はできます。
時間とお金の許す限り、放浪してもかまわないのです。

スケジュールを組まないことで、行動に柔軟性が生まれます。

仕事や企画では、なかなかこうはいきません。
それは一緒に行動する協同者がいるからであり、自分の成果を心待ちにしている相手がいるからです。
自分が欠けることで他人に迷惑をかけてしまうので、自分本位に動くことはできません。

仕事や企画は、一つの目標に向かおうとするものなのでスケジュールを組まざるを得ません。
勉学も同じです。
そう考えると、誰もがスケジュールでがんじがらめなのです。
それは悪いことではありませんが、そればかりでは少し窮屈です。

だからこそ、スケジュールを組まない楽しさがあるのです。

私は無目的に走ることが好きです。
潮風を感じたいとき、木漏れ日を浴びたいとき、景色を見おろしてみたいとき。
具体的な目的地を決めないことで、行けるルートが広がります。

たまにやるのが、一筆書きです。
同じ道を通らずに、あえて違う道を走るのです。

地図を広げてみると、必ず裏ルートがあります。
それはバイパスだったり、高速道だったり、あるいは峠道だったりします。

もっと大きな地図で見れば、裏ルートばかりです。
例えば、東京から大阪へ行こうとしたとき、静岡まわりの東名/名神道だけを想像していませんか。
でも、信州まわりの中央道もあれば、日本海沿いの北陸道もあるわけです。
また、長野から中央道に入るルートも見えてきます。

効率だけを考えてしまうと、最短時間を優先します。
スケジュールを組もうとすると、普通は最短時間の手段をとります。
裏ルートは、考慮から外されます。

それはみんなで何かをなしえるときには、大事なことです。
でも、それは無駄を生み出さないための手段です。

無駄がなくても生きていけます。
しかし、人生を楽しくさせるのは無駄の部分です。
例えば、趣味や好きなこと、あるいは自分の魅力を高めようとするのは、すべて無駄な部分に含まれます。
だからこそ、無駄は必要です。

ここでいう無駄とは、私的時間のことです。
よく言われるオフタイムのことですが、誰かといるよりは一人でいる時間の意味合いです。

私的時間は、自分を磨こう。

例えば、デートの待ち合わせに相手が遅れて来たとき。
あなたは、ふくれっ面で待ちますか。
手持ちぶさたで携帯電話で遊んでいませんか。
遅れてきた相手になんて罵ってやろうかと、必死に考えていませんか。

他にも、急遽、相手が用事で会えなくなってしまったらどうしますか。
そもそも何にも用事のない休日とて、私的時間です。

磨くといっても、けして化粧をするとか衣服を新調したりするというわけではありません。
私的時間でしかできないことを有意義に遣っていますか、ということです。

女性はどうか知りませんが、少なくても男性は「磨く女性」が一番好きです。

突然の私的時間に何をしますか。

普段から、「私的時間にはこれをする」というのを考えておいてください。
私的時間になって、何しようかなぁというのは、せっかくの私的時間を無駄につぶすだけです。

私の場合、本を読んだり、プラプラ走りに行っています。
コラムのネタも考えたりもしています。
ちょうど文庫本は、どこでも読めるので、とても重宝しています。

こうしたことはスケジュールをガチガチに組んでしまうと、身動きが取れません。

公的時間にはスケジュールを組んで行動することが大事ですが、 私的時間にはスケジュールを組まないで行動できることが大事です。

スケジュールをじっくり決めてから動かないといけないのでは、人生も柔軟性に欠けてしまいます。

私的時間。
つまり自分時間は、その人を如実に表します。

自分時間を柔軟に遣おう。

追記(2003.05.03記)

「せっかくの連休、何しよっかなぁー」って考えていませんか?
それ、すごくもったいないですよ。

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