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#250 / 2003.03.27

リアヴューミラー

ルームミラーに、社会が映ります。

信号待ちでは、後続車の車内が見えます。
楽しげな家族連れもいれば、業務で必死に駆けるドライバーもいます。

後続車の数だけ、社会があります。

自分のクルマは、プライバシー空間でもあります。
それでなくとも、濃いスモークガラスやケバいインテリアで自分の空間をアピールできるのです。
そしてみんな、クルマの中ではまったくの素顔になるのです。

横や後ろから見えなくとも、前面からは意外と筒抜けなものです。
面白いほど、素の人間味がうかがえるのです。

温厚、激情。質素、ケバい。上品、下品。
よくみると、その車内にいる人達の力関係までわかってしまうものです。

自分の直前を走るドライバーには、自分の品性が全部ばれてしまうのです。
どんなに取り繕っても、品性だけは隠せません。

携帯の枷に気づかぬ、電話狂。
限界をとうに超えてる、狂走家。
高級車だけは煽れぬ、腰抜けオヤジ。
自己中で前しか見てない、身勝手オバハン。
ベルトすら締めようとしない、バカ親子。

ここで今、あざ笑った人へ。
あなたとて蔑むばかりで学ぼうとしない程度の品性では、同類に見えてしまいますよ。

全部、丸見えなのです。

凶悪なエアロパーツがついているかどうかなんて、物差しにもなりません。
その人間を知りたいのなら、ミラーで見れば一発で分かるのです。

本当は、品性のあるドライバーが大多数です。
でも不思議と、品性の無いドライバーだけが印象深いのです。
悲しいことに、たった一握りの印象が大多数そうであるかのような錯覚を起こしてしまうのです。

どこぞの軍事大国大統領は言いました。
「悪の枢軸国を潰せ」、と。
そしてマスメディアは、すべてがそれに追随しているかのような誇張した表現をしました。

反対派がたくさんいるのにもかかわらず、です。
それに似ています。

意図的に世論を捏造するのは、マスメディアの罪。
しかし、それを疑いも無く受け入れてしまう視聴者にも罪はあります。

言葉に惑わされてはいけません。

百の言葉より、一のまなざし。
どんな光景も、それが社会の縮図です。

今まで何度も見てきましたし、また見られてきたことでしょう。
もちろん、これからも見続けるでしょうし、見られ続けることでしょう。

人間誰しも、幼稚な部分は少なからずあるものです。
幼稚な部分とは、他人の迷惑を省みないでも何も感じない歪んだ気持ちのことです。

そこは、あえて自覚しましょう。
そもそも完璧な人間など、一人も居ないのですから。

しかし大人の世界で生きていく以上、幼稚な部分は直すしかありません。
そして、その幼稚な部分に気づくのは、品性です。

気づく力をつけるために、品性を鍛えましょう。
結局、人として問われるのは、身分でも性別でもなく品性なのです。

車内こそ、引き締めよう。

追記(2003.03.25記)

よく使われるルームミラーやバックミラーと言う言葉。
でも、これらは和製英語です。
英語では、rear view mirror。
まさに後方を見るための鏡です。
どんなに前を向いてても、後方をおろそかにしてはいけません。
未来ばかりでなく、過去も顧みることも、また必要です。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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