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#243 / 2003.02.23

勘違いパーフェクト

パーフェクトなドライバーは、凄いです。

ドリフトも、スピンターンも、お手のもの。
輸出車を船積みする積み上げドライバーよろしく、ミリ単位の幅寄せも平気でこなしてしまう運転技術の持ち主には、ただただ感服します。

特定の技術に長けていると、尊敬の対象になりやすいものです。

これは、運転技術に限りません。
話術、芸術、処世術。
要は、自分の得意ワザであればなんでもいいのです。

しかし、自分がパーフェクトになればなるほど、遠ざけられてしまうこともあります。

それは、「あの人は自分とは別次元だから」と思われたときです。
尊敬を通り越して、畏敬されてしまうのです。
でも当人にしてみれば、得意ワザなのだから大したことはないのです。
すでに日常生活の1動作になってしまっているので、いちいち感動したり畏れられたりする必要がないのです。

本当に凄い人は、むしろ凄い人とは匂わせません。

ここに、素人との違いが表れます。
素人は、いちいち感動して自慢するのです。
でも本当に凄い人は、結構、淡々としているものです。

これは凄い人の感情表現が鈍いということではなくて、自分を客観的に見ることができているからです。
それだけでなく、上には上がいることを知っていたりもするものです。

素人は、安易に「怖いもの知らず」になりがちです。
たった免許取得後数ヶ月で、もう若葉マークをはずしてしまったりするのです。
なかには、「運転なら全部任せてよ」と豪語する者もいます。
言うだけならタダですが、本当にパーフェクトだと思い込んでしまうのが痛いところです。

その気持ちは分からなくないです。
私もそうでした。
でも、当時はドキドキの連続でガムシャラに突っ走っていることも多かったです。
今でもそうかもしれません。
客観的に見ることができるようになってきたかなと思いつつも、実は、まだまだ主観的なのかもしれないです。

いちいち感動しているうちは、自分をまだ主観的にしか見ていない証拠です。

自分はパーフェクトだと自己暗示することは、ともすると勘違いに終わることもあります。
そもそも自分は凄いなんて息巻いてる人は、思考が麻痺しているなんてこともあるのです。

常に思い上がらず、です。

本当のパーフェクトを追い求めよう。

追記(2003.02.23記)

でもすんごいパーフェクトな人でも、ちょっとヌケているとこがあると途端に親近感が湧くね。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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