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#221 / 2002.12.11

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「お年寄りの歩行者に充分気をつけて、安全運転でお願いします」

お年寄りに限らず、歩行者を守るドライビングを心がけましょう。
ラジオの交通情報を聞けば、こういったアナウンスをよく聞きます。

確かにドライバーと歩行者では、事故で負うダメージは圧倒的に歩行者が大きいです。
歩行者に限らず自転車や原付などは、身体を守るものが少ないです。
つまり、彼らは交通の弱者です。
だからこそ、運転する時は弱者を守ろうということです。

では、彼らはどうでしょうか。

飛び出す子供に、チャリンコミサイル。
前しか見てないオバサン原付。
フラフラ動くお年寄り。

彼らが、本当にぶつからないような意識でいるとは限りません。
子供だから、お年寄りだから仕方ないという人もいますが、それは弱者の立場を考えていません。
真剣に弱者の立場を考えているのなら、自分でも気をつけないと危ないんだよと喚起してあげることです。

さて。

喚起は大事です。
しかし、一方的な喚起で終わってしまっていないか注意しなければいけません。

例えば、援助交際。
やっていることは両者合意の売春なのですが、なぜか「男性=悪、女性=被害者」という構図になります。
男性は逮捕されてしまうのに、女性は辱めを受けて可哀想と同情を誘いやすい。

援助交際を悪とするならば、男性だけでなく女性にも喚起する必要があるでしょう。
実際は、男性ばかりが槍玉に上がり、下手すると社会的に抹殺されかねません。

少年犯罪もそうです。
首切り少年。バスジャック少年。爆弾魔少年。
たまたま少年ばかりですが、少女だってとんでもないのはたくさんいます。

すると必ず、家庭環境や社会が悪いんだと論点をすりかえる自称知識人がいます。
しかし、少年少女は絶対に悪ではないという大間違いな前提で始まっているので、話になりません。
肩書きが知識人だろうとしても、所詮は「自称」でしかないのです。

どんな環境で育とうと、悪人は悪人です。
年齢や性別は関係ありません。
少年少女だから援護するというのは、善意ぶっただけの自己満足に過ぎません。

つまり、一面だけ追及しても、側面がおざなりでは意味がありません。

弱者だから守ってもらえると考えてしまう、という落とし穴があります。
もちろん弱者を守る必要はあるのですが、それをいいことに、なんでもかんでも守ってねという傲慢な人もいます。
人間であるならば、最低限の責任くらいはとらなければなりません。

おんぶにだっこでは、いけません。

弱者であることに甘えない。

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