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#186 / 2002.09.11

アメ好み

レクサス・ES300(邦名トヨタ・ウィンダム)、ホンダ・オデッセイ(邦名ラグレイト)。
ともにV6・3000ccエンジンを積み、5m近い全長を持ちます。
直列エンジンでなくV型エンジンを積むのは、北米市場では「直列=安物、V型=高級」というイメージ先行のため。
おかげで、アメリカ人にはとても好評なようです。

こういった北米市場を狙ったクルマが、日本国内でも走っています。
でも、国内ではバカでかいボディです。
路地裏や住宅地では、少々持て余してしまいます。
第一、駐車場に入りきれません。

グローバリズムともいうべきなのでしょうか。
これが世界基準なのだよと言わんばかりのサイズです。

世界標準というと、なんとなく追従しないといけないような気がしてしまう人がいます。
でも、それは違うと思うのです。

そもそも「グローバリズム=世界的な規模」という言葉からして、胡散臭いのです。
グローバリズムというからには、世界中が同じ価値観を共有している必要があるでしょう。

しかし、現実は世界共通の神がいるわけでも、世界共通の悪がいるわけでも、世界共通の理念があるわけでもないです。
例えば、キリスト教信者はキリストを崇拝していますが、イスラム教国ではアラーが唯一の神です。
キリスト教徒は、食生活でそんなに不自由しないかもしれません。
しかしイスラム教徒ならば、イスラム暦9月にはラマダン(断食)を行ないます。

資本主義や社会主義といった国家単位での主義の違いもそうだし、県や市町村、さらには集落単位レベルでも、価値観はさまざまなのです。
つまり、世界中が同じ価値観を共有していると思ったら、とんでもなく大間違いです。

クルマだけに限りませんが、本当はグローバリズムではなくて、アメリカニズムなのではないでしょうか。
アメリカの価値観で正しいとされた考えを、無理やり他国にも強要するイメージです。
欧州、アジア、アフリカ、南米、豪州などなど、全世界で納得いくような思想が、真のグローバリズムではないか、と思うのです。
そこも無視してアメリカの価値観を全世界に刷りこんでいこうとするさまは、侵略者に近いものがあります。

そんなわけで、グローバリズムは全体主義にしか思えないのです。
画一化された枠組みに無理やり押さえ込ませるような脅迫観念を感じます。

個は、すべてに特徴があるものです。
あなたに特徴が無ければ、グローバリズムという訳の分からないカタカナ言葉で画一化されてしまうでしょう。

多数派が良いとは限らないこともあります。
他には無い輝きがあるから素晴らしい、ということを忘れてはいけません。

少数派になろう。

追記(2002.09.11記)

日本全体がアメリカニズムに陥っているように感じます。
べつに日本は、アメリカの従属国でもないし、奴隷でもありません。
でも、何を勘違いしたか、彼らと一緒に貿易センタービルへのテロに嘆き悲しむ人達がいました。
多くの日本人が標的にされた57年前の原爆のことも、忘れてしまったのですか?
敗戦したのは、もちろん知っています。
でも、かといってアメリカに心情的にそこまで深入りする必要があるのでしょうか?
アメリカは君にとっては友達かもしれないけど、君はアメリカにとってはどうでもいい人なのかもしれません。
なんでもかんでもアメリカ礼賛なんて真似はお勧めできません。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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