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#166 / 2002.06.27

感情豊かな方々

「さぁ、これで全グループの発表が終わりました。
参加総数5821組。もうじき、その輝ける頂点に立つグループが発表されます。
おっと、もう優勝者が決まったようです。
それでは発表します。
今年のアカペラコンテストの栄えある優勝者は――――」

ダラダラダラダラダラダラダラダラ(ドラムの音)

「ぴゅあどらシスターズ」!!

突如、湧き上がる優勝者グループ。
怒号のような歓声。

キャーー!!キャーー!!!キャーー!!!!
ヤッターーーーーー!!!!!!!!!!
ウレシイーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!

「おめでとうございます」
「あ、アリガトウゴザイマース!!ウワー!!ウレシイーー!!!
お母さん見てるーーー?!ルカやったよーーーー!!」
「それでは何か一言・・うわっ?!後ろからメンバーに突然抱きつかれましたっ!」
「アリガトーー!!キャーーーー!!!」
「モー最高ってカンジですぅー!!!」
「ヤッター!!!」
「アッ、アリガトウ、ゴッ、うぐっ、ゴザイ、えぐえぐっ、ゴザイマァス……感激です!」

泣き出す子まで出る始末。
彼女の傍には、もらい涙の母親達。
感激のあまり抱き合う母娘。
ステージ上をはしゃぎ回る母娘もいる。

「大混乱のステージから、いったんスタジオに戻します!」
司会者はもみくちゃにされながら、なんとかスタジオに返す。
なおも、優勝者達の感激ムードは続いている。

……

なぜ騒ぐのでしょう。
感情表現が豊かだからでしょうか?
しかし表現にしては、ずいぶんとハタ迷惑な表現ではありませんか。
第一、騒ぐことと感情表現は、まったく別のことでしょう?

楽しけりゃバカ騒ぎ、嬉しけりゃ大はしゃぎ、悲しけりゃ号泣。
いくらなんでもそれは、己の感情に安直すぎです。

あからさまに誇張しすぎていて、むしろ本心じゃないように見えてしまうのは私だけでしょうか?

誇張した自己表現をすることで、見る側が冷めてしまうこともあります。
成人式でクルマごと突っ込んだなんてのもそうだし、 脱脂粉乳の汚染、牛肉偽装と、相次ぐ雪印乳業不祥事後の「深くおわび申し上げます」発言もそう。
従軍慰安婦は存在しなかったと証明されても、涙を武器に金儲けに来る朝鮮族の老婆達。

はっきり言いましょうよ。本心じゃなくてパフォーマンスなんでしょう?

あえて控えめに言うのが日本人の美徳ではありませんでしたか?
もちろんはっきり言うべきところもありますが、それは毅然とした態度を求められる時の話です。
誰だって、朝から晩まで常に毅然としてはいないでしょう。

素の自分が出る時です。
そんな時、例えば相手の心情を思いやる、あるいは相手とあえて波風を立てたくない時。
バカみたいに感情丸出しってのは、幼稚だとしか思えないのです。

もっとシンプルに感情を表わす、ということはできないのでしょうか。
げらげらではなく、にっこり微笑む。
きれるのではなく、まずは怒りを呑み込む。
えぐえぐではなく、涙をうかべる程度にすすり泣く。

わかりますか?
感情的になるなということではないのです。
いきなり自己表現してしまうことで、ものすごく幼稚でバカにみえてしまう、ということです。

短絡的な相手には、それなりの付き合いしかしないし、適当にあしらってかわすだけです。
それはあなたにとってありがたくない事でしょう?

だから、ムキになって追っかけまわしてこないでください。
いいかげん突き放しますよ?

……

なんてことを、夜の高速道でしょっちゅう思っていました。

高速くらいマイペースで走らせる余裕も欲しいものです。

表現する前に一拍とろう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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