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#160 / 2002.06.11

サル・ツアー

昨年冬、栃木県内のR4を走っていると、1台の大型観光バスが前方数100m先の路上に停まっていました。
片側1車線区間なので、対向車を待って追い越すしかありません。
結局、対向車は途切れず、バスの直後について停まった時、停まっていた理由がわかりました。

老人が、道路わきの草むらで用を足していました。

老人はとくに悪びれるでもなく、平和そうな顔をしていました。
じきに対向車も途切れバスを追越すとき、追越ぎわでバス運転手の顔をちらと覗いてみました。
運転手とバスガイドが、バツの悪そうな顔をしていました。

しばらく前走車のいない道を走らせながら、運転手とバスガイドが気の毒に思えてしまいました。

こういった「トイレ待ち」は無くなって欲しいです。
観光バス会社が気の毒だからというわけではありません。
天下の公道で、クルマの流れをせき止めていても平気だという無神経さに気づいてほしいということなのです。

老人達はトイレが近いから仕方ないというのは、お門違いです。
ならば、出発前にトイレを済ませておけばいいのです。
またバス会社も、トイレ待ちをしたくないならトイレ付きバスに切り替えてしまえばいいのです。
全行程3時間以上の長距離高速バスだと、休憩地点が限られるのでトイレがついていることもあります。
トイレ付きバスはバス会社の方針と体力次第だから、なんともいえないかもしれません。

団体行動だからこそ、無理を通らせてはいけません。
自分ひとりくらいという意識が、他の全員にも伝播します。
そうなると、私も私もとなってしまうのです。

自分が単独に動くと絶対に迷惑をかけます。
これは団体行動だけでなく、単独行動でも同じです。
そもそも街で普通に生活している以上、絶対に自分以外の人間が居ます。
例えば隣近所の住人だったり、次にその場所を利用する人間です。

極端な話、自分が死ぬまで、相手の都合は考えてあげなければなりません。

旅の時こそ落ちつこう。


さて、流れが滞るのは、何もバスだけに限ったことではありません。
走っている車線に何も無くても、流れが滞ることもあります。
例えば、反対車線で事故があった時。
衝突部が原形をとどめていない事故車、現場調査する警察官、ひどく慌てている当事者達。
そんな有様を、「見とれて遅くなる」のです。

何があったんだろう。
事故車はどうなったんだろう。
怪我人はいたのか。

ついこうやって覗いてしまいます。
ですが、なんのことは無い。ただの野次馬根性です。
あなたが見ていたからといって何の解決にもなっていません。
むしろアクセルを緩めてしまうので、渋滞の原因を作っているにすぎません。
ひどくなると渋滞だけでなく、後続車の事故の原因にもなります。
たまたま見とれていた人が、遅いにもかかわらず自分が原因でないと信じきっているだけなのです。

見とれていることが、他人の迷惑になりえることも知っておきましょう。

他人のために、あえて見ない。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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