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#138 / 2002.03.23

幻滅

ヤツ【奴】
(1)人や物をけいべつして、また、親しみをこめて言うことば。
(2)物をぞんざいに言うことば。
三省堂現代国語辞典第二版より

この言葉は、気軽に話し言葉でつかってしまいがちです。
とくに後者の意味でよく用いられます。

例えば仕事で、「あのヤツどうなった?」という会話が出てきたら、作業案件を指しています。
「へんなヤツ届いてるよ」と言われたら、覚えの無い届き物だとなんとなく分かります。

よくよく考えてみれば「こそあど言葉」と同じで、一応、会話としては成立します。
ただし、あからさまにもの扱いです。

だから、なるべくなら「ヤツ」は避けるべきです。
無意識のうちに「自分以外はぞんざいでいいや」と自分に刷り込んでいるのです。

「自分以外はどうでもいい」
この意識のなんと蔓延していることでしょうか。
先のセリフもそうで、そもそも「へんなヤツ」だけで伝わってしまうこと自体が、変です。
自分とは直接関係ないなと考えているから「へんなヤツ」と言えてしまうのです。
なぜ、こんなにおそろしくも自分本位の人間が増えてきたのでしょうか。

先日、安部譲二さんの本を読みました。
答えはそこにありました。

すれ違い待ちで、礼もせず平然と通り過ぎるのはきまって中年女性だいう話でした。
安部さんによれば、すれ違い時にドライバーの95%は挙手、警笛、もしくは会釈をするといいます。
残り5%は例外無く女性ドライバー、正確に言うとオバサンだったそうです。
そこでオバサンの非礼を懲らしめようと捕まえたところ、こう返されました。
「私に何かしなきゃいけない義務があるとでも言うんですか」
義務や権利じゃない、マナーの問題だと詰め寄ると「そのまま走って何がいけない」との怒声。

さらに読んでみると、「私は何も悪い事をしていない」発想が根源にあると綴られています。
そのまま引用してみると、こうです。
「法律に違反していない以上、何でも好き勝手に振る舞うし、 誰からも文句を言われる筋合いは無いと考えるのだ」(あぁ女が日本をダメにする(徳間文庫)より)

たまたまオバサンの話でしたが、老若男女問わず「違法でない⇒何でもあり」意識の人間は多々います。

エスカレーターの両幅を占領する人たち。
降りる人を待たず、我先に乗り込もうとする人。
レジで後ろに並んでいる人がいても、いたってマイペースに財布の小銭を出す人。

こんなのは、ほんの、ごくごくほんの、わずかな例でしかありません。

生きていく上で必要なのは法律より、暗黙の約束事です。つまり、不文律です。
クルマ社会は、まさに不文律の塊です。

例えば、スピード。
まず言えるのは、「遅いクルマは邪魔」です。
例え60km/h規制の道路でも、周りの流れが80km/hであれば80km/hで走ったほうがいい。
それは後続車のためです。
後続車は、あなたのスピードまで落とされてしまうので追い越しできなくなります。
乗用車ならまだよくて、大型トラックだったら減速しきれなくて追突にもなりかねません。
ぶつけられてからどんなに己の遵法ぶりを訴えても、結局、あなたにも責任があるのです。

遵法性だけでなく、他人の迷惑や不快感までよく考えてあげなければなりません。
自分は大丈夫と考えたら、もう一度、自分だけが大丈夫なのか考え直さなければいけません。
そのために、まず日々使ってしまう「ヤツ語」から改めてみましょう。

他人の迷惑や不快感がわからなかったら、人間ではありません。

ぞんざいな言葉遣いを改めよう。


そうそう。
先日とあるお店で、きれいな女性店員さんに商品を勧められました。
ハッキリした目鼻立ちで、かわいい人でした。
その気はなかったんだけど、ちょっぴり買ってもいいかなって思ったりしたのです。
そして、こんな風に勧められました。

「こんなヤツもございますぅ」
げんなり。

身近にいる人の言葉遣いを教訓にしてみよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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