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#137 / 2002.03.08

コ・ドライバ

支えてもらっていることに、感謝しよう。

ラリー界にはコ・ドライバーがいます。
彼らは、ひらたく言えばナビゲーターです。
主にコース状況を正確にドライバーに伝えることが、役目です。
でも、こう聞くと必ず「ただ行き先を告げるだけだろ」という人がいます。

これほどバカにしている言葉はありません。
実際、彼らは、タイムキープ、ペースノート、精神的な支えなどナビゲート以上の働きをします。
高速域でドリフトしたり、クルマごとジャンプしたりと極限状態で戦っていると、人間は追い詰められていきます。
どこかしら意識の片隅に人間の気配が感じられないと、生きていけないのが人間なのです。

パリダカールラリーで活躍中の増岡浩選手が、こんな内容のコメントをしていました。
「砂漠の真ん中でトラブった時、360度見渡しても誰もいないことに恐怖にも近い寂しさを痛感した」
詳しい表現は忘れましたが、人間はどんなに進化しても孤独には勝てないのかと感じてしまいました。

孤独は、なにも砂漠だけではありません。
日本国内ですら味わえるのです。
深夜2時すぎの田舎の国道。無響音室。仲間はずれ。
最近は、携帯電話の充電が切れただけで孤独感が募る人も、多くいることでしょう。

しかし孤独は、人間を成長させる糧でもあります。
人間は皆、頭の中で自問自答を繰り返し、不正解かもしれない回答を出していくものです。
そこで得た失敗が、成長の糧です。
でも、孤独ばかりじゃ他人の考えは拾えません。

では、人に寄り添っていけばいいのでしょうか。
そうとも言いきれません。
寄り添うつもりが、依存症なり烏合の衆になっているケースもあります。
ましてや、明らかに搾取ねらいの人もいます。
そんな人達の領域に片足突っ込んでみなさい、なんて言えるわけは無いのです。

もちろん、慈悲深い人もいます。
否定はしません。むしろ素晴らしきことです。
しかし愛情に満ち溢れているが故に、見境いなく救ってしまう人がいるのもまた、事実です。

もしも多額の債権者がいたら、絶対に金を与えてはいけません。
仮に5万円貸すと、次は5万円以上借りられるだろうと思わせてしまうからです。
あげてもいけません。同じ論理でどんどん奪われるだけです。
こうなると債権者は、「与えられて当然」だとふんぞりかえります。ダメ人間の出来上がりです。
つまり、債権者を人間として堕落させるならば、金をジャンジャン注ぎ込めばいいのです。

「必ずしも救いの手を差し伸べることだけが、愛情ではない」
そう言ってくれる人がいない限り、人に寄り添ってなんて言いきれないのです。

じゃ、自分はどうなのでしょう。

完全な孤独ではありません。
でも、完全に寄り添ってばかりでもないのです。
なんとか、うまいところで「自律して」バランスをとっているはずです。
もしかすると、誰しもがそう考えているのでしょう。

でも、そう思ってるのは、きっと自分だけなのでしょうね。
みんなドライバー役は、やりたがるのです。
でもドライバー役だけじゃ、走りきれないのです。
優秀なスポンサー、メカニック、そして当然コ・ドライバー無くしては感動も生まれません。
つまり、自分と戦うために無意識に孤独になるし、スタッフを全面的に信頼するしかないのです。

いったい誰を支えているのでしょう。
いったい誰に支えられているのでしょう。

普段、なにげないことを当たり前だと思ってしまうものです。
朝起きれば新聞は届けられているし、電車も走っています。
店に行けば新鮮な食材が並べられ、夜遅くまでコンビニは開いているのです。

でも、もっと身近な当たり前に気づかなきゃいけないのです。
支えられていると思うから、微力ながら支えてあげたい。
だからまずは、文章を綴ってみようと思うのです。
少しでも元気が湧いてくれることを、切に願います。

ありがとうございます。

支えることからはじめよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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