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#136 / 2002.02.28

ツカレテル?

何がそうさせるのでしょう。

電車で、床にペッタリ座り込んでいる人。
すがすがしい朝一なのに、うつむき加減で歩く人。
駅の上り階段を、人様のアシ見ながら歩いてる人。

街を歩けば、疲れている人が多いと感じます。
ちょっと前まで「癒し」が流行っていたのも、その証明なのでしょう。

会えば「疲れた」を言う人がいます。

私をよく分かってる身近な人間なら、まだ許せます。
だって、私が疲れさせているから。
自分で言ってしまいますが、歩く速度は速いし、朝一からとっとと動き出しています。
返信するときは、メールを打つ前に電話かけてしまうから。
それぐらいとっとと動いています。せっかちなだけなのです。

なんで、みんなのんびりと動いているのでしょう?
むしろ、そう思うのです。

私は他人様のペースなんか、全然気にしていません。
ついてこれなきゃ置いていく、という性格です。
それに合わさせるのは、やっぱりかわいそうです。

80km/hしか出ないクルマに、100km/h出せといっても無理なのです。
そういうのは、あえてこちらから歩み寄っていかないといけません。

だから、「近い」人間は許せてしまうのです。
近いというのは、「身近な」でもあるし「スピード感の近い」って意味でもあります。
願わくば、もっとスピード感の速い人間についていきたい、とも思っています。

先ほどの疲れてる人たちへ。
「何が」疲れたの。
「なんで」疲れているの。
第一、そんなに親しい間柄じゃないのに、疲れていることを明かされてもこちらはどうすればいいのでしょう?

「武士は喰わねど高楊枝」ということわざがあります。
お腹がへっていても、満腹なふりをしましょうということです。
自慢や化粧と同じで、ムッとさせないくらいの見栄は必要だと思うのです。

他人様の疲れていることなんか、私が知ったことではありません。
勝手に疲れているといいでしょう。

私には、さっぱりわかりません。
疲れていることをアピールして、自慢したいのでしょうか。
それとも、同情を誘ってるだけなのでしょうか。

近づけません。
「こんなに疲れている私を見て見て」って言われたら、誰だってひくでしょう。

実際「見て見て」と口に出す人はいません。
しかし、無意識のうちに態度で表現しているものです。
クルマに乗っているドライバーにもいっぱいいます。

背もたれを倒してリラックスしながら走っていませんか。
前かがみにステアにしがみついていませんか。
やりやすいからって内掛けハンドルしていませんか。

見せたがりなのは、充分わかりました。
余計、疲れてどうするのでしょう。
それより事故になってしまいます。
確実に死に急いでいませんか。

疲れているフリをして、なにか待つのはやめましょうよ。
それより、何を期待しているのでしょう。
借金地獄に陥った人と同じですね。
こんなに悲惨なんですって、のこのこテレビにでてくるでしょう。
バブルに買ったマンションがどうしたこうしたというのです。
でも、不動産は結局バクチなんだから、自己責任だよと思うのです。
なんだかんだいっても、所謂おこぼれ待ちなのですから。何も産み出していないではないですか。
普通、非生産的な人に、差し伸べる手などないのです。

つまり、満員電車内で「あぁ疲れたぁ〜」なんて脇にいたら、嫌悪感しか感じません。

疲れても、疲れていないフリをしよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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