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#131 / 2002.02.12

はだかの王様(4)

塙氏は、提携先である仏・ルノー社から3人の人間を招き入れました。
開発担当パトリック・ぺラタ氏、財務担当ティエリ・ムロンゲ氏。
そして、通称”コストカッター”カルロス・ゴーン氏です。

コストカッターと称されてはいましたが、ゴーン氏はむやみなリストラには走りませんでした。
手始めに村山工場を閉鎖したものの、それは企業体として黒字を生み出すための手段でした。
それをまっさきに叩いたのは、マスコミです。
工場だけでなく、傘下の下請け、孫請けはどうするんだと報じたのです。
しかし、よくよく考えてみれば、工場閉鎖は当然だったのかもしれません。
日産そのものが潰れてしまっては、村山工場従業員の何十倍もの人間が路頭に迷ってしまうからです。

マスコミは、ゴシップ好きなオバサンと同じです。
彼らの論調など、一時の感情でどうにでも移ろうのです。
話しの火種を探しては、一目散に跳びつく。
叩けるものはなんでも叩く。
苦労している者を泣きまねや無意味な「頑張って下さい」の一言で、共感しているフリをするのです。
さらには偉そうに、他人のプライベートにまで土足でずけずけと入り込んだりします。

ゲスです。
まずは騒ぎ立てずに、冷静に見極めることが一番大事なことではないですか?

さて、ゴーン氏が行なったことは、大きく5つあります。

  1. 国内生産力の縮小:240万台→165万台
  2. 取引部品会社の縮小:1,145社→600社
  3. 人員削減:148千人→127千人
  4. ディーラーの縮小:2割減
  5. 有利子負債削減:14,000億円→7,000億円

見る限り、すべて合理化です。
1〜4は、成長とはまったく正反対の内容です。
それだけ資源過剰だったのです。

しかし、彼はそれでいて日産社員に夢も与えました。
春闘に一発で満額回答を出したり、フェアレディZの開発をすすめています。
これは、やれば出す、日産を象徴するスポーツカーを復活させるというものです。
夢があれば、社員はモチベーションがあがります。
特にエンジニアならば、花形商品を作ってみたいと思うものです。

ただのコストカッターではなかったのです。
数字が伴うので、ゴーン氏の世間の評価はますますよくなっていきました。

そのかげで先の塙氏の評判は、とりわけ旧役員には、よろしくないようです。
日産をルノーに売り渡した張本人だと言うのです。

お笑いぐさです。
凋落の元凶でありながら、口だけ出す人間がどれほど多いことでしょうか。
一線から身を引いたのなら、口を出してはいけません。

本田技研にこんなエピソードがあります。
かつて本田宗一郎氏が社長職に就いた時、空冷エンジン開発を推し進めようとしました。
水冷エンジン派の若手技術者と、もめていたのです。
ある時彼は、当時の専務だった藤澤武夫氏に、こう問われました。
「あなたはホンダの技術者か。それともホンダの社長か」

結局、彼は水冷エンジンを承認したと言う経緯があります。
彼は、社長だったのです。

引退後も口を出すのは、管理職としてよろしくありません。
管理職は、人を育てるのが仕事です。
つまり旧役員は、みずから人を育てきれなかったといっているようなものです。
でも、役員だけに限りません。

育てることは、すべての人の使命です。
子供、弟子、親友、恋人。
何かしらの影響を与えながら、人は成長していく。
つまりは、自分と関わりあう人達は、すべて自分の鏡なのです。

そして、トップの替わった新生日産は、魅力的なクルマを発表しはじめました。

身の回りのムダを、再発見してみよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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