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#130 / 2002.02.02

はだかの王様(3)

過信技師とドロえびす。

プロは仕事に情熱を持たねばなりません。
医師も、サラリーマンも、為政者も。もちろん風俗嬢も。
あぶく銭欲しさに誇りを売るのは、プロではありません。
小遣い欲しさにやっている仕事人は、プロではありません。

誇りは大事です。

しかしあまりに誇り高いと、失敗することもあります。
「技術の日産」と謳われたその技術力は、現行シーマの自動操縦システムにもあらわれています。
CCDカメラとレーダーで、車線と速度を一定に保ちながら走行するシステムです。
2001年1月、世界中のどのメーカーよりも早く市販化しました。
いくら赤字でも、技術力はトップクラスなのです。

それだけに旧日産の技術者は、社内でも突出していたのです。
だから過信していたのでしょう。
私達の技術が詰まったクルマがなぜ売れないのだろう、と。

しかし製品とは、トータルで良くなくては売れません。
携帯電話にせよ、パソコンにせよ。
ユーザが持つ喜びを得られるようなセンスも必要なのです。

あるのは技術者の誇りばかり。
そこに、我々ドライバーの「所有する」誇りは考えられていたのでしょうか。

日産車を「官給品」と揶揄した評論家もいるくらいです。
なるほど、言いえて妙です。
しかしその言葉には、旧日産の体質がうかがえるのです。

彼らは官僚化していたのです。
だから責任の所在が不明確でした。
かつては、商品企画書に「大きなシェアを獲得できるだろう」と書けば良かったのです。
今では、「何%のシェアを確保できるだろう」と書かなければいけなくなったといいます。
数字を打ち出すことで責任を明確にするのですが、それができていなかったのです。
そんな空気だったので、開発は「販売が悪い」、営業は「商品が悪い」と責め合っていたのです。

そもそも、どんなに赤字でも「ウチが潰れるわけは無いだろう」と高を括っていたのです。
まるで世間知らずのお坊ちゃまのようです。
それでも、やばいと気がついてはいたのでしょう。
でも、何もしなかったのです。

腐りきったドロえびす。

仕事でも私生活でも、まったく同じです。
やらなきゃやらなきゃと言いながらも、結局何もやっていない人。
あとで問いただすと、「今やろうと思ってたのに」とのたまうのです。

それは嘘です。

すぐにやらないのは、行動力の無い証拠です。
行動力が無い人間が、タイミング良く今から始めるところだったなんて、絶対にありえません。

もし忙しいのなら、忙しいと一報いれてくれればいいのです。

どうやら日産は、責任逃れ大国日本の、それも小汚い部分の縮図でした。

しかしお坊ちゃんムードが漂う中、危機感を抱いていた経営トップもいたのです。
このままでは、確実に巨艦は沈む。
外部からの刺激が欲しい。

そんな思いで日産をあきらめなかったトップがいます。
それが前社長である塙義一氏です。

なじりあうくらいなら、とっとと動こう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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