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#129 / 2002.02.01

はだかの王様(2)

凋落のはじまり。

ひとえに経営不在の会社でした。
過去の経営者を紐解くと、石原俊氏の名に突き当たります。
彼は、カルロスゴーン氏を招いた塙義一氏の先々代にあたる社長です。

石原氏は、「生産優先策」で知られます。
トヨタに追いつけと、工場の稼働率を需要以上に上げてしまったのです。
結果、余剰分を安売りしたため、車種ブランドイメージは低下し、さらに売れなくなりました。

通常、販売台数に応じて生産するのです。
こうすれば無理な販売はしなくて済むので、ディーラーも利益を確保できます。
しかし売れないので、ディーラーに対して販売奨励金を出さざるを得なくなりました。

人間、身の丈を知ることも大事です。
過ぎたるは及ばざるが如し、とはよく言ったものです。
大きく成長することももちろん大事ですが、前提として己の限界を知っておく必要はあるでしょう。
弱いケンカ師ほど、力まかせに殴るものです。
しかし、強いケンカ師は加減して撃ちます。その際、拳にハンカチを巻くのです。
これらは拳の耐久力を知っているからです。
拳も傷めてしまっては、意味が無いのです。

さて、名門凋落の原因は石原氏のみに限りません。
世界でもトップレベルの技術陣や、官僚化した社風にもあったようです。
しかしなかでも、一番の元凶は過去の経営陣だった。

平たく言えば、デザインセンスも経営センスも無い経営陣だったと言います。
加えていえば、本当のクルマ好きはいなかったのです。

ホンダと当時の日産で較べてみましょう。
新車発表会で自動車評論家がケチをつけたとします。
ホンダ役員ならば自社製品への思い入れから「何が悪いんだ」と物凄い剣幕になります。
ところが日産役員は、そろそろいいかなとばかりに帰ってしまったのだと言います。
これでは、クルマに思い入れがあるようには到底思えません。

デザイン皆無のクルマ造りも、旧経営陣の罪です。
最終的なデザイン決定権を持つ彼らの最優先事項は、「それで売れるか」だったといいます。
GOサインが出るときに「あの売れているトヨタに似ているから大丈夫」と本気で考えていたのです。
いくらデザイナーの自信作を持っていっても、できあがるのはトヨタ似のコピーカーでした。
過去のスカイラインをみれば、よくわかります。
80年代はソアラを意識し、90年代はマークIIを意識し、と積み上げたイメージを潰してしまったのです。

デザイナーの地位も低かったといいます。
今では副社長直轄にあるデザイン部門も、かつては商品開発部門の一部署にすぎませんでした。

デザインセンスは人間である以上、最低限は必要です。
デザインで感動を与えられなくなってしまっては、人間つまらないものです。

今月26日に3代目の次期型マーチが発表されますが、とてもおしゃれで感動すら与えるかもしれません。
逆にいえば、それだけ今まではおしゃれじゃなかったということです。

模倣ではなく熱意をとろう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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