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#126 / 2002.01.17

ミニ四駆

少ない小遣いをやっと貯めて、600円握り締めて玩具店へ駆けていく。
ケースを早く開けたくて、急ぎ足になる帰り道。
押し入れふかくにしまったニッパーを探し出しては、慣れぬ手つきで組み立てる。
幸い、ボンドは使わないので、間違って指紋をつけてしまうことも無い。
ドキドキを抑えつつも、慎重に慎重に組み立てること20分。
ボディに最後のステッカーを貼り付けて。
できた。愛車ができた。
この瞬間がたまらない。

80年代後半。
田宮模型からミニ四駆が発売され、 日本中の小学生達が熱狂しました。
モーターをミッドシップに積み、プロペラシャフトで四輪駆動させ走る玩具です。
月刊コロコロコミックでも毎号、巻頭特集が組まれ、全国大会が行なわれていたほどです。
21世紀になった現在でも、ジャパンカップと称してメーカー公認競技会が行われています。

当時、小学校5〜6年だった私も熱狂した一人です。
身近の全国大会開催地すら遠かった私は、出場などするはずもありませんでした。

しかし、改造はよくやりました。
カッターナイフ片手に、よくプラスチックのシャーシに穴をあけて軽量化したものです。
ちょうど、ラジコンで発売されていた機種をスケールダウンした「Jr.」シリーズ全盛期でした。
シャーシ中央に丸穴3つ開けるところから入ったのを、よく覚えています。
それからピンスパイクタイアのピンを、ニッパーと紙ヤスリで苦労して取り除きました。

ドリルなど持っていなかったので、カッターナイフでよく指を切っていました。
今でも証拠が二つ残っています。
ひとつは、私の左手人差し指に。
もうひとつは、血をにじませ軽量化したサンダードラゴンJr.。

それからいろいろなミニ四駆を買いました。
結局、残ったのは、サンダードラゴンと真っ赤なビートルだけです。

あれから10年。
ミニ四駆は姿を変え、低いフォルムに扁平タイア、エアロパーツが主流となりました。
同じ定価600円でありながら、可変ウイング搭載、FRP強化マウントプレートなど明らかに大きく様変わりしていたのです。

己が変わることは勇気が要ります。
伝統にとらわれないのも、その一つです。
トヨタほどの大企業になると、販社や既存顧客のしがらみで変わりにくくなってしまいます。
代々、トヨタ車は、CとSを冠する車名が伝統でした。
カローラ、セリカ、クラウン、古くから残る車名はその名残りです。
しかし自分を変えるために、みずからスプリンター、スターレットの名を捨てました。
最近では、カリーナ/コロナがアリオン/プレミオに生まれ変わりました。
伝統の名に縛られていすぎたのかもしれません。

変わることも伝統です。
和菓子作りで有名な福島県の柏屋は、「代々初代」が伝統です。
つまり、お客様の嗜好に合わせて日々精進することが大事だということです。

伝統の名で革新を忘れてはいけません。
守りにはいると迷走してしまいます。

過去の遺産は無視しよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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