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#122 / 2002.01.04

オイテケボリ

私は商売人から見たら、おそらく嫌な客です。

昨年暮れ、宇都宮のハンバーガーショップで、えびバーガーセットを頼みました。
できあがり迄しばらくお待ちくださいと、6番と書かれたプレートを渡されました。
先に出されたポテトをほおばりながら待つこと5分。
まだ来ません。
さらに5分。でも、来ません。
そのうち来るだろうと、コラムのネタを手持ちのメモに書き始めていました。
それから10分経ちました。
結局、20分待っても、えびバーガーは来ませんでした。

さすがに腹が立ちました。
このとき、あなたはどうするでしょうか。
おそらく「遅いよ」と怒鳴り込むでしょう。
でもそれは、とても親切な人です。
無意識ながら、失敗した人に「改善して欲しくて」注意しているのです。

私は、トレーを片付け6番プレートだけ置いてけぼりにして、とっとと帰ってしまいました。
もちろんそうしたところで、えびバーガー代は戻ってきません。
むしろ、そんなことはどうだっていいのです。
もう2度と、客としては行かないだけです。

明らかに私は、ショップに対して「ダメのままい続けて欲しくて」帰りました。
ショップに対しての、私からの最後のラブレターです。
お客を忘れていたことに反省して欲しかったのです。
もし、たかだか200数十円分もうかったことに喜んでいたなら、確実にダメです。

好きな相手はどんどんよくなって欲しい。
けれど、嫌な相手を改善させる必要は無い。

これは私の考えです。
だから場合によっては、敵にもなり得ます。

仕事や学校など、すべてにおいてまったく同じことが言えます。
例えば、自動車教習所。
教習所に行くと、優しい教官、うるさい教官、鬼教官といろいろいます。
なかなかハンコをくれない教官が多いことにゲンナリします。
でも彼らは、ガーガー言いながら、制限時間いっぱいまできっちり教えてくれます。
生徒に技術を身につけて欲しいから、うるさいのです。
少なくとも嫌われてはいません。
まずは、これに感謝しよう。

本当に嫌われたら、何も教えてはくれないのです。

言ってもらえることに感謝しよう。

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