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#119 / 2001.12.28

時を奪うもの

時間泥棒になっては、いけません。

待ち合わせで必ず遅刻する人がいます。
いつも同じ人で、きまって5分、10分遅れてきます。

仙台には、「仙台時間」があります。
傾向として、とにかくのんびりしているのです。

会社の飲み会で、同期のF君と飲み屋に向かっていた時の話です。
彼は大学を出るまで、仙台育ちです。
その日、集合5分前でまだ着いていませんでした。
急ごうかと彼に促すと、こう返されました。
「まだ5分あるよ。大丈夫」

こんな感じです。
大事な集まりは別として、ちょっとした飲み会や会合だと、きっちり時間どおり始まりません。
温暖な風土でゆったりした気質らしいのですが、どうも私には馴染めません。
結局、飲み会には遅刻しました。

大学も同じです。
定時きっかりに講義が始まる教授は、稀です。
学生もそのへんをよくわかっていて、10分遅刻で入ってきたりします。
でも、教授はもっと遅かったりします。

大学時代の担当教授はとても遅かったです。
2時間待たせるのが平気な人です。
でも、こういう人がどんな世界にも必ずいます。

常習者は、待っていてもらっているということを、本当はわかっているのです。
待たせ好きなくせに、待つ側になると「遅いんだよ」と怒り出したりします。
こういう人は時間にルーズですから、何をやらせても遅いです。
そうなると、人は離れていきます。

遅い人間は罪です。
5分遅刻したら、ペナルティ5分ではありません。
その場にいるみんなの時間を奪っています。
奪った時間は、遅刻時間×人数です。
つまり10人いたら50分、100人いたら500分ペナルティです。
大学の講義で5分遅刻したら、それこそ200人近くいますのでペナルティ1,000分、17時間弱です。
まさに時間泥棒です。

時間は、盗んでも法的には罰せられません。
そのかわり、自分の人徳を激しく損なっているのです。

走り方にも同じことがいえます。
追い越し車線をちんたら走るクルマがそうです。
後ろがつまってても気にしていません。
ここでポイントなのは、追い越し車線という点です。
左端の走行車線ならば別にかまいません。追い越す余地があるからです。
そもそも、左端を走る大型トラックに対して速やかに追い越せというのは、無理です。
重く大きいトラックが車線変更して速度を速めることは、それなりに危険が伴います。

後ろがいっぱい詰まっているのに、ゆっくり追い越すクルマになってはいけません。
後続車は、あなたを追い越すために待っているのです。
前で邪魔していても、待たせている自覚がまったく無かったりします。
これはおそろしいことです。

マイペースでゆとりを持って走るのなら、走行車線を走りましょう。
避けてあげても、自分に不利益はありません。

少なくとも「ゆとり=ちんたら」ができるのは、後続車のいない田舎道だけです。
古い映画に出てくるような田舎道を、オンボロ旧車でトロトロ進むのも結構。
でも、幹線道路ではタブーです。

奪った時間は返せません。
相手を待ったりこちらが待たせるくらいなら、自分で動くのが一番です。

取り掛かりの早さ、移動速度の速さ。
これがあってスピードです。
日常生活と同じです。
すぐ連絡したり、すぐ実行したり、すぐ返事できる人がかっこいいのです。
明日からといっている人は、いつまでたっても明日からといいます。
取り掛かりが遅いのも、時間泥棒に他なりません。

時間泥棒になってはいけません。

時間を与えよう。

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